ジロとの

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 ジロは小さくて丸くてふわふわしている。これだけ聞いた人は犬猫かせいぜいハムスターあたりを思い浮かべるらしい。けれど俺がその説明をするのはジロが何なのかわからないからだ。一番簡単に説明できるのはジロという名前の由来、実家の犬がタロだから俺の今飼っているものはジロにした。  大きさは確かにハムスターくらいだろう。けれど球の表面全部に茶色い毛が生えたような形が基本形で目鼻耳口は見当たらない。食べ物を与えると少し平べったくなって乗っかるようにして食べているからそのときの下側に口があるのだろうと思ってひっくり返してみたこともあるけれどどんなにタイミングを見計らっても口らしき部分が見えたことはない。ジロという名前を覚えてくれたらしく呼べば寄ってくるけれど耳らしき部分はないし、食べ物を静かに置いてもちゃんと見つけて食べに来るから目か鼻はあるはずだけれどそれもわからない。そんな謎生物とかれこれ二三年暮らしている。  ジロは俺がこの部屋に引っ越してきた次の日から姿を現すようになった。最初はゴミかなにかだと思ったけれどそんな茶色の埃のようなものが落ちてるはずはなかった。埃なんてものは基本的に灰色で、それ以外だとペットの抜け毛がかたまったとかだろうけれどここのアパートはペット禁止だから前の住人の掃除しきれなかったものではないはずだし実家から持ってくるにしたってタロの白い毛のはずだから茶色の毛の塊が落ちている説明はつかなかった。いろいろと考えてよくわからないからとりあえず中身をなくして畳んでいた段ボール箱の端でその毛の塊をつついてみるとそれは飛び上がって部屋の隅にシュルシュルと移動していった。生き物なのだ、とは思ったけれど今に至るまで何なのかはわかっていない。  俺がジロをかわいがりたいときやジロの観察をしたいときにはジロはおとなしくされるがままでいてくれるが、外に連れ出そうとしたり友人を呼んで見てもらおうと思ったりしたときは部屋のどこかへ隠れてしまう。だから獣医に連れて行って相談するようなこともできなかったし仲のいい友人たちにもジロの実在は疑われている。まあ俺が友人たちの立場でもそうなるだろうし言わないだけで俺が幻覚を見ていると思っているやつもいるだろう、正直俺ならそう思う。けれどまあ、確かに俺は初めての一人暮らしにちょうどいい話相手としてジロがいてくれて助かっている。ジロに話しかけても聞いているんだかいないんだかわからないしきっと聞いていても意味は理解できていないだろうけれど。だから俺はジロが幻覚だとしてもリアルだなという点で驚きはするけれど俺に必要だったという点では納得するしかない。まあ今のところジロは実在しているというつもりで見ているが。  俺はもうすぐまた引っ越しをしなきゃいけない。ジロはついてきてくれるだろうか。ジロを連れ出す試みは一回も成功したことがないのに引っ越しをするときについてきてくれるだろうなんて楽観はできない。ただもし俺を気に入っているのならついてきてくれたっていいのにとは思う。俺としてはジロのことを気に入っているのでついてきてほしいと思っている。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!