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潮騒と一緒に聞こえる大型ヘリの爆音は“天崎(あまざき)”にとって救いの音だ。中東、東南アジアでは、あれが聞こえたおかげで、今の自身がある。
四角いヘリポートデッキに降下したそれの後部ハッチへ、集められたコンテナ群が吸い込まれるように、搬入される光景を眺めていると、
隣に立つ、同僚の“レン”が白人を真似した、独特のオーバーな仕草と共に
口火を切る。
「アマ、今回は楽なヤツだ」
頷き、自身が着こむ防弾ベストに視線を移す。刻まれた社名が依頼主の名前…
その内容は
「閉鎖が決まった海上プラントの引っ越し作業中の警備、360度見渡す限り“海”…で来るとすれば、水中か、空…地対空の携SAMランチャーか、84ミリの無反動砲でもあった方が、よっぽど仕事になるぜ?」
アジア系の民間軍事会社としては、比較的ランクの高い方に位置する自社なら、この程度の装備なら揃えられるだろう。天崎の指摘に、レンは薄く笑い、ホルスターに吊るした自動拳銃を叩いてみせる。
「こんな、経済水域からも外れ、資源発見の旨味もない地域に敵はいない。ただな…」
「ただ?」
「作業員達が言っていた“恐れているのは、外じゃない。中に潜んでいる”だから、必要だと…」
含みある言葉は冗談にも聞こえない。警報が鳴ったのは、その時だった…
「傾注、採掘プラント、サイロ18で問題が発生した。作業員の何名かに死傷者が出ている。我々の出番だ。ウーメイを隊長としたアルファチーム、救護スタッフと共に、海底へ降りろ」
元特殊部隊員のリーダーの指示に天崎とレンが頷く。彼等とウーメイを含めた5人がアルファチームだ。担架を担いだ2名の救護員を先頭にエレベーターに乗り込む。
「サイロ18は、地上から1500メートル海底にある、今施設最深部のステーション、用途は採掘ドリルの整備、直接コントロールを行う場所だ。エレベーターから降りた先は、ドーナツ状に弧を描いた通路、途中に倉庫、制御室、海底搬出所、簡易休憩所が続き、一周して、エレベーターに戻る。通路間の全周は、200メートル、作業員がいるのは、搬出所だ。急ぐぞ」
高速エレベーターのおかげか、ウーメイの説明が終わると同時に到着音が響いた。重いドアを開ける前に、こちらを振り向いた救護員が口を開く。
「君達は警護のために来てくれている。注意してもらいたいのは、万が一、発砲する事態になった場合、拳銃弾以上の口径、威力を持つ武器を使わないでくれ。水圧に耐える設計をしているとは言え、危険だ。だから…」
「ちょっと待ってくれ。銃を使う危険が予想されるって事か?」
「天崎、そのための我々だ」
「深海1500メートルにある鉄の棺桶ドーナッツで人が怪我をして、それ以外に何がある?」
窘めるような、ウーメイの言葉に反発する。民間警備員として、積み荷を聞かない輸送任務等、理解に苦しむ仕事をいくつもしてきたが、これは群を抜いている。
「…開けてくれ」
天崎の声を無視した指示に救護員がスイッチを押す。モーター駆動音が響き、隊員達が不服そうに、手持ちのバッグを抱え治す中でレンだけが、背中に差したM3ショートストック散弾銃を抜き、ニヤリと笑う。
「自分はこれを使う。接近戦なら、これが一番だ」
「ああ、全く、その通りだろうよ」
ウンザリと言った天崎の返事に応えるように、ドアが開いた…
壁を這うケーブルに、祭の提灯みたいにぶら下げられた作業用ライトがボンヤリと無機質な通路を映す。視界は悪いが、床を走る二筋の黒い血だまりは、その臭いと共に全員を緊張させた。
「まるで、一度逃げ出した後に、もう一度連れ戻された、いや、引きずられたような…そんな感じだな」
レンが呟くのを合図に、全員がホルスターから銃を抜き、血の跡をたどる。
「作業員は2名、負傷は1名と聞いていた。だが、この分だと…」
救護員の言葉を無視し、雑然と倉庫から出されたコンテナを避けながら、先へ進む。
「電源は来ていない。よって監視カメラからの映像もなし、暗闇に注意だ」
「隊長、さっきから注意、注意とアレだが、一体、何に注意するんだ?潜水病、出血多量で狂った作業員か?」
「………それは…わからない」
普段、冷静な顔のウーメイが、初めて深刻な表情で答える。答えを返す前に搬出所のルームプレートが見えた。
「オイッ、着いたぞ!」
自身の声が廊下に響いた刹那、鼾を何倍にデカくしたような音が響く。天崎の顔に救護員の首が、ぶつかったのは、ほぼ同時だった。
鼾が鳴き声と理解した瞬間、連続した銃声と怒号が響き、後方の倉庫から黒々とした影が、いくつも覗き始める。
咄嗟に構え、発砲したグロック拳銃の弾丸が、同僚の喉笛を食いちぎった魚頭を撃ち抜く。
全身をぬらつく体表で覆う“それ”はしばらく痙攣した後、動かなくなった。
「…頭を抜けば、殺せる。頭狙え!」
叫ぶ横をレンの散弾銃が吠える。
「アマ、囲まれてる」
視界を戻せば、搬出所へ向かった仲間達の残・骸・を押しのけ、後方より数の多い、魚の怪物達が全身を現していた。
「レン!撃て!撃つんだ」
バラけた死体から飛び出すウーメイの声に合わせ、テンポよく発射された散弾が化け物達にぶつかる。
「制御室には、何もいなかった。早く」
生き残った救護員が叫ぶ。
ウーメイを担いだレンの後ろを天崎が、片手で構えたグロックでカバーし、仲間の死体から取り上げた、もう1挺を倉庫側から迫る相手に、撃ち込んでいく。
2人が自身の背中を通過したのを確認し、踵を返す。2つの銃は、とっくに遊底が後退し、用をなさない。
暗い洞穴のような制御室が今では、殺戮から自分達を守るシェルターだ。
中へ急ぐ、天崎の肩をヌメついた、だが、力強い手が掴む。油断を後悔した刹那、暗闇から灰色の銃口が突き出される。
「これでも喰らえ!」
銃声が響き、肩にかけられた力が楽になった瞬間、レンが自身を中へ引きずりこんだ…
制御室の基盤を詰め込んだ棚で塞いだドアは、外に蠢く奴等のノックで今にも壊れそうだ。
救護員からもらった包帯とガーゼで、ミイラみたいなウーメイが、自身の銃に弾倉を再装填し、天崎達を仰ぎ見る。
「私のは、これが最後…君達は?」
「散弾はストラップに残ってるのが2つ、グロックは中に詰まってるのと、予備が一つ」
「レン、その予備くれ。俺はとうに空だ。こんな事なら、もっと持ってくればよかったな」
「アマ、元々はメインの武器を使う予定だった。拳銃はサイドアーム、それはそうと…」
喋りながら、蹲る救護員を立たせる。
「さぁ、種明かしの時間だ。君達は会社の人間だ。私達より、敵に詳しい。そうだろ?もう残ってるのは、4人だけ…急いで話してもらおう。奴等がドアをぶち壊す前に…」
ウーメイの強い口調に、絞り出すような声が被さる。
「全ては噂だった。私だって、実際に見たのは初めてだ。つまり、アレだ。
このプラントでは、できるだけ、最大深度の海底深くまで掘削しようと作業を進めていた。しかし、採掘可能な資源は見つからず…
諦めていた所で“妙なモン”が作業ドリル近くに潜らせていたカメラに映った。
そこから、会社の方針は一変、奴等の観察と研究に邁進し始めた。だけど、その内、相手に気づかれた。
連中は“引っ越し”を考えている。暗い海の底から、明るい陽射しの下へ、出たがってるんだ。
だが、深海と地上の間の海中は、奴等が出れない何かがある。その条件を崩せるのが、このプラント、連中は、ここを拠点にして、地上へ出る。
入口はサイロ18…その前に閉鎖し、出れなくするつもりが、遅かった。全てはもう手遅れだ」
項垂れる救護員の前に、影が立つ。見上げる彼に対し、天崎が口を開いた。
「……いや、まだ間に合う。引っ越しは中止にしよう」…
深海で好き放題してた奴等も、まさか攻めているドアから逆に反撃を受けるとは、予想もしていなかっただろう。
ドアに大穴を開けた2発の散弾は、魚の先鋭達を蹴散らし、突き出す3つのグロックが正確に、残りの頭を撃ち抜いていく。
「ウーメイ、レン、バッグだ。バッグを探せ!」
天崎が両手に構えたグロックを前方の敵に乱射し、道を作る。搬出口から敵が出るのは危惧されるが、救護員によれば、制御室はドーナッツの中間に存在し、エレベーターに積み込むために置かれたコンテナだらけの倉庫室に下がるより、障害物のない、簡易休憩所側を走る方が遥かに楽だ。
少なくとも、これから起こそうとする事態に備えては…
「隊長、あった!あったよ」
レンがバッグから取り出したのは黒光りする突撃銃…弾倉を装填する頃には、ウーメイが別の1挺を構え、迫る怪物達に向けて、発砲を開始していた。
貫通力が強い、高速のライフル弾は、魚の化け物達を貫くと、そのまま壁面にぶつかり、嫌な音を立て始める。
やがて…
不気味な不協和音と共に、壁の一部が崩れ、海水で廊下が埋まっていく。
「走れ!」
天崎の声に、3人が駆けだす。サイロの崩壊に慌てたのは、人間だけでない。怪物達も搬出所に戻ろうと、戦いを止め、同胞を押しのけ、レン達と競争するように動き始める。
搬出所を過ぎれば、安全だと思っていたのが、間違いだった。濁流に崩壊し、逃げ延びた異形の群れが、自分達と一緒に、地上へ、引っ越し先に続くエレベーターシャフトに殺到しようとしていた。
ぬめつく体表を突き飛ばし、撃ち抜く中で、一番に乗り込んだのは天崎だ。
スイッチを押し、閉まり始める扉を足で止めると、残った弾丸を取り縋る怪物達に撃ち込んでいく。
滑り込むように、ウーメイ、救護員、レンが搭乗したのを最後に、ドアを閉める。固い鉄の扉が閉じる瞬間、轟音と共に回り出す水の渦に巻き込まれる魚の化け物達が、こちらに手を伸ばしたが、すぐに、掻き消え、何も見えなくなった…
「全く、ヒドイ仕事だ。仲間を2人も失った」
ウーメイが操作盤に背中を預け、悔し気な言葉を漏らす。エレベーターはまもなく、地上に出る。
「アイツ等の引っ越しは、これで終わり?」
肩で銃を支えながら、レンが誰に問う訳でない疑問を口にした。
「我が社が所有するプラントは、全世界の海にいくつもあります。どの海でも、最深部を目指す努力を続けています…アレの生息海域がここだけだと言う保証は…」
「そこまでだ。どっちにしたって、アイツラの引っ越しは上手くいかない。何故か、わかるか?」
救護員の言葉を天崎が遮る。全員が言葉の続きを待つ中、気だるげに欠伸をしながら、開くエレベーターの外に向かう彼は一言、呟く。
「連中、隣人への挨拶がなってねぇよ」…(終)
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