喫茶ブルーローズ

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 最初の帰国予定の直前、世界は突然、パンデミックに襲われた。  幼い子ども、お年寄りを中心に、体力の無い人が次々と斃れて行った。世界はパニックに陥り、感染が特に多い国からの移動に徹底した制限が課された。そう、私がいたのは、そんな感染多発国の1つ。帰国ができなくなった。2年が過ぎて帰任のタイミングになっても、一向に収まる気配がない。本社からは、すまないが、終息するまで赴任を続けてくれ、との連絡があった。  先が見通せないままの赴任期間延長は、辛かった。  私は毎日のように、赴任先に大切に持ってきたあのカップとソーサーで、コーヒーを飲んだ。あの店のあのひと時を思い起こしながら。それは私の心を支え続けてくれた。         ***  さらに2年が経ち、感染症はほぼ終息。綿密な検査と数日間の徹底隔離を条件に、私は一時帰国を許可された。一時、なのは、次の赴任者が決まらなくて、当面延長すると告げられていたから。まだ帰れない、だけど、せめて。 そんな想いで向かったのは、あの喫茶店。青い薔薇。赴任前のあの日にもらったあのカップとソーサーを入れた紙袋を下げて。  いつもの通りを歩いて、あの喫茶店へ向かう。逸る気持ちそのままに、私の歩調はどんどん速くなっていった。だけど、到着して私の目に映ったのは―。  ビルの谷間にぽっかり空いた、小さな細長い空き地だった。         ***  ご高齢だったマスターとおばさまの身に何かあったのかもしれない。その思いは私を打ちのめした。ショックが大きかったんだと思う。その後のことは、正直よく覚えていない。  ふらふらと会社の近くのホテルに戻り、眠り、朝起きて仕事をして。機械的に数日を過ごし、  私は再び、元の赴任地に戻った。
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