愛だけを残すために

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
カレーを作った次の日は、決まって、朝食に、トーストを焼いて、バターをタップリ塗ってから、そこに昨日のカレーを乗せて食べるのが、我が家の習慣と言うか、楽しみだった。 というか、勝手に持ち込んだ、タクミのルールと言った方が正解か。 「さすがに、ちょっと作り過ぎたかな。」 シズカは、鍋に残ったカレーを、お玉で掬いあげてみせた。 「結構残ってるね。それじゃ、いつものように、今日の夜は、カレーうどんにしよう。」 カレー、次の朝のカレートースト、そして、その夜のカレーうどん、ここまでが、カレーを作った時の我が家のルールであって、多めに残ってるのは、始めっからの計算だ。 「それと、カレーうどんだけじゃ飲めないから、出来合いのトンカツでも買っておいて。」 「そのぐらいのことは、言われなくても、解ってるよ。何年、あなたと暮らしていると思ってるの。」 そんな会話をしたのは、3日前の事だった。 「シズカ。それで、警察に連絡はしたんだよね。」 「一応、捜索願は出したんだけど、本当に、行方不明なのかな。」 「何言ってるの。出て行ったきりで、何の連絡も無いんでしょ。」 「うん。どこ行っちゃったんだろう。」 いつも、電話で、笑い話ばかりしているシズカから、夫が帰ってこないという話を聞いて、友人のマリコが、家まで駆けつけてくれたのだ。 「あのさ、何か思いつく理由とか無いの。」 「解らない。ほんと、朝も、カレートーストを、美味しそうに食べて、出て行ったんだもん。」 「会社は?」 「出勤してないらしいの。」 「聞きにくいことを聞くけどさ、他に女が出来たんじゃない?」 「いるのかなあ。どうなんだろう。ねえ、どう思う?」 「いや、あたしには解らないわよ。一緒に住んでないんだもん。いつも食べて帰って来るとかさ、帰りが遅いとか、休みの日に出て行くとか、そんなことなかった?」 「無かったと思うんだけど、、、。でも、タクミは、そんな女を作るような器用な人じゃないと思うんだ。」 「で、どうするの、これから。」 「どうするのって言われても。何も言わずに出て行ったんだもん、待つしかないよ。」 「待つって、、、そうだね、まだ3日だもんね。その内、いつもの様子で帰って来るかもね。」 マリコは、そう答えるしかなかった。 それにしても、夫のタクミさんは、どこへ行ったのだろうか。 何の理由で、何も言わずに出て行ったのだろうか。 出勤の途中で、事故や病気とかのトラブルになったのなら、シズカに連絡が行くだろう。 出勤してないんだから、会社がらみじゃない。 マリコには、帰ってこない理由が、女以外に考えられなかった。 それにしても、腑に落ちないこともある。 女が出来たなら、シズカに別れ話を切り出す方法もある。 でも、それをしていないということは、遊びと割り切った関係で、どこかに旅行をしているのだろうか。 いや、それも違うだろう。 遊びなら、会社やシズカにも、気づかれないような嘘をついて、バレないようにする筈よね。 朝、家を出て、そのまま、会社にも行かずに、女と逃げる。 そこまで急ぐ必要のある愛ってあるのだろうか。 明日でもない、明後日でもない、今、今日じゃなきゃダメな愛って、、、まるで、死を目の前にした未来の無い愛じゃない。 ひょっとして、相手の女性が、危篤状態で、今しかないとか。 それなら、理屈は通るけどね。 そういえば、タクミさんは、優しいからね、女が、危篤状態なら、すぐに駆け付けるだろう。 いやいやいや、何を言ってるの、タクミさんが優しいってさ、あたし、どうかしてるよ。 女に優しいって言うのはさ、シズカには、優しくないってことだよね。 あ、ひょっとしたら、記憶喪失とか。 それなら、連絡しない理由は解るわよね。 記憶が無いから、連絡できないでいる。 いつだったか、テレビのドラマで、そんなのやってたわ。 それなら、早く、タクミさんを探さなきゃ。 たぶん、今頃、困ってるんじゃない。 というか、記憶が無いから、困らないのかな。 それに、記憶が無いタクミさんを、シズカの許に連れて帰っても、「あなた誰?」みたいになっちゃうよね。 シズカの記憶が無いってことは、シズカへの愛も消えてしまっているわけだよね。 記憶が無くなるって、残酷だね。 シズカは、愛して貰っていない人と、そして、タクミさんは、愛していない人と、これから暮らしていくのは、これは幸せなんだろうか。 まあ、独りぼっちよりは、寂しくはないのかもだけどね。 マリコは、その後、電話では、毎日のようにシズカと連絡をとりあっている。 でも、シズカの周りの状況は、何ひとつ変わることはなかった。 シズカは、ただ、待つ女であったのである。 1週間ぐらい経った時、マリコは、シズカを訪ねていた。 「今日は、カレーなんだ。」 マリコは、ドアを開けた瞬間の匂いで、そうシズカに言った。 「あ、カレーは、一応、作ってるの。いつも。」 「いつもって、どういうことなの。」 「ほら、タクミさんが出て行った日、その日の晩ごはんは、カレーうどんと、出来合いのトンカツって、そうタクミさんが言ったのね。だから、いつ帰って来てもいいように、いつも、カレーうどんとトンカツは、用意してるのよ。」 「あんた、悲しいぐらい尽くすタイプなんだね。」 「あ、そうだ。あたし、来週から駅前のスーパーでパートに行くことにしたの。」 「うん。その方がいいよ。気晴らしにもなるし。」 「気晴らしっていうより、お金ないから、働かなくっちゃなんだよね。ねえ、マリコ、お金ないと生活できないって知ってた?」 「当たり前でしょ。そんなの。」 「あたし知らなかった。知ってたけど、タクミさんがやってくれてたから、考えたことなかったの。そしたらさ、あれ?お金ないってなってさ。何も出来なくなっちゃったのよ。すごいね、お金ないって。」 「すごいって、シズカの方が、別の意味で、すごいよ。」 すると、急にシズカは、立ち上がって、玄関に走った。 「ひょっとしたら、タクミさん、帰って来たのかも。」 しかし、タクミはいなくて、しょんぼりしたシズカが戻って来た。 「ごめん。タクミさんいなかった。」 「どうしたの。」 「さっき、お向かいさんの犬が鳴いたでしょ。ほら、ワンって。あのね、普通の人が、あの道を通るとね、2回吠えるのよ。ワンワンってね。でも、タクミさんの時は、1回しか吠えないの。だから、タクミさんだって思ったんだけど、、、。違ったね。」 「そうなの、残念だったね。でもさ、シズカさ、警察にも届けて、シズカに出来ることは、今ない訳じゃない。だからさ、一旦、難しいかもしれないけど、タクミさんの事は、ちょっと置いておいて、シズカの事を優先して生活した方がいいんじゃないかな。でないと、身体壊しちゃうよ。うん、まあ、パートに行けば、今よりは、タクミさんの事を考えなくてすむようになるよ。」 「ありがとう。気にしてくれてて。でも、あたし、タクミさん、帰ってくるような気がするんだけどなあ。だって、タクミさん、カレーうどん、大好きなんだよ。だから、食べに帰ってくると思うんだけどなあ。」 「だといいね。」 シズカの言葉を聞いて、何か哀れで、ため息が出た。 外で、犬が3回鳴いた。 あれは、どういう意味なんだ。 「そうだ、今日はビールでも飲みに行く?久しぶりにさ。」 マリコは、シズカに、気分転換をして欲しかったのだ。 「そうだね。でも、家飲みでいい?ほら、タクミさん、帰ってくるかもしれないし。」 「うん、いいよ。じゃ、何か、アテでも買いに行こうよ。」 「うん、ちょうど、出来合いのトンカツ買いに行かなきゃいけないし。他に、いろいろ、美味しいもの仕入れよ。」 「そうだ。今日は、あたしも、カレーうどん付き合ってあげる。」 その瞬間、シズカの顔色が変わった。 「だから言ってるじゃない。あのカレーうどんは、タクミさんが帰ってきたら食べるのよ。出来合いのトンカツも、タクミさんが待ってるから買いに行くのよ。何度言ったら解ってくれるのよ。」 その語気の強さと、首筋の血管が浮き上がるほどの気持ちの高まりに、マリコは、今までの笑顔が吹き飛んだ。 「あ、ごめん。そうだったよね。うん、他に美味しいもの買いに行こう。」 「こっちこそ、ごめん。あたし、どうしちゃったんだろう。ごめんね。急に、何か、気持ちが抑えられなくなって。」 その夜の、シズカとマリコの飲み会は、普段通りの楽しい女子会ではあった。 テーブルの横のキッチンのコンロの上に置かれた鍋には、カレーが入っているのだろう。 そして、横には、透明なプラスチックの容器に入った出来合いのトンカツが置かれている。 マリコには、それが、知らない国のおどろおどろしい神様に捧げる供物の様に見えて仕方が無かった。 その後、何度もシズカには、連絡を取りながら、日々は過ぎて行った。 しかし、会うたびに、シズカに表情が無くなって行くように思える。 どこがどうとは言えないけど、ほんの少しずつ、魂が削られていっているような。 そして、シズカの、カレーうどんと、出来合いのトンカツの用意は、毎日毎日、続けられていた。 そして、その状態が、1年にもなろうとしていた。 シズカは、どこか焦点が定まらない目つきで、独り言も増えている。 これでは、ひとりにしておけないとマリコは、かつての同級生だったノゾミに相談していた。 体調の事もあるが、シズカのパートの給料では、家賃と生活費を賄いきれなくなっていて、貯金もほとんど無かったからだ。 「ねえ。あなたの家、部屋が空いてるんでしょ。悪いけど、シズカに一部屋貸してあげてよ。っていうか、シズカお金ないからさ、タダで泊めてあげて。」 「ちょっと待ってよ。それは、まずいでしょ。シズカさんって、人の奥さんでしょ。人妻を家に泊めるなんて、旦那さんが知ったら、俺、どうなるのよ。」 「だから、その旦那が失踪中なのよ。それで、生活も出来なくなったから、家にいさせてあげてっていってるの。」 「言ってるのって、言われてもさ。人妻と同棲なんてさ。俺も、窮屈じゃないか。家で、のんびりゴロ寝なんてできないだろうし。」 「いいじゃないの。自分の家なんだから、遠慮しないで、ゴロ寝したらさ。それに、あなた、独身でしょ。問題ないじゃないの。」 「問題ないってことないでしょ。」 「あなたさ、高校生の時、シズカのこと、可愛いって言ってたじゃない。その可愛い子が家に来るのよ、ラッキーだと思いなさいよ。」 「そんな無茶な。」 「解った。1ヶ月だけ、ね、1ヶ月なら、いいでしょ。その間に、どこか部屋見つけるし。」 「その1ヶ月が、信用できないんだよね。もう、助けて欲しいよ。わかった、1ヶ月だけだよ。ほんとに、その間に、別の部屋を探してよ。」 そんなことがあって、マリコは、シズカを、ノゾミの家に、引っ越しさせようとしている。 「お金、ゼロなんでしょ。選択肢は、無いんだから。ノゾミの家に、居させてもらいなよ。」 「でも、タクミさんが、帰ってきたら、この家に、誰もいなかったら、困るじゃない。カレーうどんと、出来合いのトンカツ食べるって言ってたのに、食べれないじゃない。」 「大丈夫よ。ドアのところに、引っ越し先を書いた紙を貼っておけば。ねっ。」 マリコは、無理矢理、シズカを説得して、引っ越しを決めた。 トラック1台に乗り切れないものは、仕方なく、処分するしかなかった。 ノゾミの家は、2階建てなので、十分に広さはある。 もともと、親の家だったが、ふたりとも他界して、今は、独身の独り暮らしをしている。 シズカのひとりぐらいは、居候しても、どうということはない。 空間的にはね。 近所の人には、知らない女性が、突然、家に出入りしていたら、噂になっても困るので、親戚の女性と言う事で、両隣りには、挨拶をしておくべきだろうな。 ノゾミの家の左側の家のチャイムを押した。 プランターに、ピンク色のコスモスが揺れている。 中から、男性が出て来た。 その瞬間、シズカは、カッと目を見開いて、「タクミさん。」と呟いた。 その様子を見て、ノゾミは、彼こそが、夫のタクミだということが分った。 「あ、す、すいません。いや、隣に、私の親戚が引っ越して来ましてね。ちょっと、挨拶にと伺ったんです。それだけなんで、では、失礼します。」 「ねえ、タクミさん、誰なの?」 部屋の奥で、女性の声がした。 どういうこことなんだ。 ノゾミは、玄関先に、立ち尽くすシズカを、強引に、家に連れて帰った。 振り返ると、タクミという夫が、シズカを、驚いた目で追っていた。 それにしても、シズカさんの待っている夫タクミが、ノゾミの家の隣人だったなんて、何という巡り合わせなのだろうか。 「あたし、カレーの用意しなくちゃ。ノゾミさん、あたしスーパーに行ってくる。」 おいおい、僕の家で、夫の帰りを待つカレーを作るのか、勘弁し欲しいよ。 しかし、その日、タクミが、シズカの許に帰ってくることは無かった。 次の日、シズカは、また、カレーを作っている。 ノゾミは、マリコと待ち合わせをして、タクミにあっていた。 「どうして、家を出たんですか。」ノゾミは、単刀直入に聞いた。 ややあって、ようやく口を開いたタクミの答えは想像以上のものだった。 「シズカは、人殺しなんです。たぶん。というか、病気なんですよ。それも、かなり特殊な病気。愛する人を殺してしまうという病気なんです。それに気が付いたのは、一緒に住んで、猫を飼っていたときのことなんです。実は、わたしは、その瞬間を見たんです。瞬間と言うか、エサに毒を入れるところを目撃したんです。始めは、猫が憎くて殺したのかと思ったのですが、その後の、シズカの動揺ぶりを見て、解ったのです。愛する気持ちが高まったときに、衝動的に殺してしまうんだと言う事をです。今ある愛を永遠のものにしたいという気持ちなんでしょうか。或いは、愛が壊れることを恐れて、壊れる前に自分が殺してしまうのか。でも、愛するがゆえの犯行のようなんです。実は、私は、シズカの両親も、シズカが殺したんじゃないかと思っているのです。」 「そんなことがあるのだろうか。」 「ええ、そう思うでしょう。でも、私も、もう何度も殺されかけているのです。これを見てください。」 そう言って、タクミは、自分のシャツの袖をめくったら、手首に刃物で切った傷があった。 「寝ている間に切られたのです。さすがに、血を見たら怖くなったんでしょうね。傷が浅かったので助かりました。」 ノゾミとマリコは、目を見合わせた。 「私が、家を出た日ね、あの朝も、カレーに毒が仕込まれていました。家を出て、暫くしたら、気持ちが悪くなり病院に運ばれました。でも、シズカに連絡すると、止めを刺しに来る。なので、元カノのケイコの家に、泊めてもらっているのです。」 「警察に連絡した方がいいんじゃない。」 「そんなことをしたら、シズカが捕まってしまうじゃないですか。私は、シズカを愛しているんです。そして、シズカも、私の事を愛してくれている。だから、私を殺そうとするんです。」 いやいやいや、殺されたら、終わってしまうじゃないと、ノゾミもマリコも思ったが、返す言葉が無かった。 「それで、これから、どうされるんですか。あの、1度で良いので、シズカさんの許に帰ってあげて貰えませんか。ずっと、あなたのことを待っているのですよ。」マリコが言った。 「そんなことをしたら、タクミさんが殺されるじゃない。」 ノゾミが、ツッコミのような言い方で、マリコに返した。 タクミは、しばらく考えていて、「解りました。」と、答えたのである。 ということで、その日は、タクミは、シズカの許、詰まり、ノゾミの家に帰ることになった。 ノゾミは、仕方が無いので、お隣のタクミの元カノの家に避難した。 「シズカ、ただいま。随分と、待たせたね。」 「おかえりなさい。あなた。」 シズカとタクミは、今までの事が無かったかのように、食卓で、ビールを飲み、出来合いのトンカツを食べた。 「それじゃ、カレーうどんを頂こうかな。」 「ええ、用意してあるわ。」 タクミは、シズカのカレーうどんを食べた。 「うん?今日は、毒は入れてないのか。」タクミが静かに聞いた。 「あたしが、タクミの事を殺そうとしたこと知ってったの?」 「当たり前でしょ。僕の手首切ったり、カレーに毒を入れたりしたら、誰だって解るでしょ。」 「それなのに、どうして、戻ってきてくれたのよ。」 「だって、やっぱり、シズカの事を愛しているし、それなら、シズカに殺されても、仕方がないかと思ったんだよね。」 「自分でも、狂っていると思うのね。愛している人を殺さずにはいられないっていうあたしの性格って言うか、あたし自身がね。でも、あなたが家を出て行って、気が付いたの。愛している人が、そばにいない寂しさっていうのかな。あなたに傍にいて欲しいって、そう気が付いたの。だから、もう少し、殺さないでいようって。」 「もう少しって、いつかは殺すんだね。」 「どうなのかしら。徐々に殺すっていう手もあるね。」 「やっぱり殺すんだ。」 タクミは、殺されるか、殺されないかなんて、もう、どうでも良くなっていた。 今、目の前に、シズカがいる。 そして、タクミは、シズカを愛している。 ただ、それだけで良いと思うようになっていた。 そして、シズカは、愛する人が、そばにいる喜びに気が付き始めていた。 その頃、ノゾミは、行く場所も無いので、お隣のタクミの元カノの家にいた。 「タクミさんと、シズカさん、どうしてるかな。」 「もう、殺されてるかもね。」 「いやいやいや、僕の家で殺人は止めてよ。お願いだから。」 「じゃ、見に行く?」 「それもなあ。嫌だな。」 「そうだ。ノゾミさんって言ったわよね。カレー作ってあるのね。食べる?」 「すいません。じゃ、頂きます。」 ノゾミと、元カノのケイコは、カレーを食べている。 「うん。美味しいです。いやあ、カレーと言ったら、ゴロゴロした肉を入れる人もいるけれど、やっぱり、僕は、ケイコさんのカレーの様に、薄い肉で作るカレーが好きだな。」 「あ、ノゾミさんも薄い肉派?あたしと一緒じゃない。そうよね。やっぱり、薄い肉よね。」 ノゾミとケイコは、仕方なく夜更けまで、タクミとシズカの事を想像しながら、時間を潰していた。 「タクミさん、帰ってこないですね。」 「そうだね。ねえ、あなた、今日は、あたしの家に泊って行ってもいいわよ。今からじゃ、帰れないでしょ。」 「でも、タクミさんの元カノの家に泊まるなんて、いいんでしょうか。」 「いいよ。別に、タクミとは、もう別れているんだから、何の関係も無いし。あたし、言っても独身だし。それに、あなたも、独身でしょ。」 「でも、、、独身だからっていう訳じゃないけれど、今から自分の家に帰ることも出来ない状況だし、今日は、泊めて貰おうかな。」 そんな状況で、次の朝が来た。 タクミは、まだ、戻って来ない。 「あの、タクミさん、殺されたかな。」 「どうだろう。」 「あの、今から仕事に行くけど、もし、タクミさんが、帰ってこなかったら、今日も、ケイコさんの家に泊めてもらっていいかな。」 「ええ、いいわよ。」 その日の夜も、タクミは、元カノのケイコの家には、帰って来なかった。 ただ、ノゾミの家の窓は、明々と電灯の光が点いている。 ケイコの家に帰ると、「タクミね、まだ、もうちょっと、あなたの家にいるそうよ。シズカさんと、暮すみたい。」 「暮すみたいって、僕の家だよね。でも、殺されなかったんだ。」 「そうみたいね。ねえ、もう少し様子見てみようよ。あなた、今日も泊って行くでしょ。」 「仕方がないよね。」 ノゾミの家では、タクミとシズカが、そして、タクミの元カノの家では、ノゾミとケイコが、何となく暮らしていくことになった。 そして、もう、何年も、夕方になると、両方の家から、カレーの匂いが漂ってくるのであった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!