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『歌』は短くても多くの意味やニュアンスを伝えることが出来る。だから『歌』が長く続く事はあまりない。小鳥のやり取りの様に短く囀り合って済むのだ。
けど瀬野さんは今、『歌』が分からない相手に歌い続けている。
意味が分かる私からすればそれはとても熱烈で、聞く方まで恥ずかしくなる位だ。
これを聞いた葉山君はどうしているのだろう。意を決した私は校舎の角からそちらを覗き見た。
あの優等生の瀬野さんがこんなに心をさらけ出しているんだ。それだけでも驚きなのにこうも熱烈な思いを秘めていたなんて。
なのに葉山君はただ相手を真剣に見つめて意味を汲み取ろうと必死になっている。必死になっているって事は理解していないって事だ。
当然だ、葉山君は『歌』が分からないんだから。でも彼は分かろうとしている。なぜなら葉山君は瀬野さんから『歌』を習っていたからだ。
最初は大した理由からでは無かった。
隣の席だった事で半ば葉山君のお世話係になっていた私のたどたどしい彼とのやり取りを不憫に思ったのか、瀬野さんが彼に『歌』を教える事を始めたのだ。
『はい』『いいえ』の基本的な発音、乗り気で積極的な場合の変調、否定的だが肯定する場合、相手の気持ちを理解し尊重した上での否定など、葉山さんは何度も何度も歌って見せてそれを葉山君にもやらせてみた。
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