瀬野さん

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 たどたどしくも『歌』での会話が葉山君となり立った時、私も瀬野さんも手を取り合って喜んだ。恥ずかしそうにしている葉山君も微笑んでいたっけ。  それが出来てから瀬野さんは一層葉山君に熱心に歌を教えていたっけ。私は逆に言葉でのやり取りの方が意思疎通しやすくてもっぱらそうしていたのだけど。  それだけ注力したから瀬野さんは葉山君に惹かれたのだろうか。確かに葉山君は熱心に教えを受け、習得にも熱を入れていたように思える。けど瀬野さんの『歌』はそんな事を歌ってはいなかった。  『歌』は饒舌に語っていた。葉山君の真面目さ、真剣さ、障害を抱えながら腐らない前向きさ、それら総てに惹かれている事、初めて抱えた気持に戸惑っている事、それでも前に進みたい切なさを持っている事。  日常に生まれた小さなときめきが静かに瀬野さんの心を染めて行ってそれが抱えきれないほどの熱に変わるのを歌を通して私は感じた。  真面目で素直な瀬野さんらしい思いの育て方、切ない気持ち、募って行く恋心が直に伝わって来て私は胸を痛めた。  こんなに大きなものを抱えているんだ。こんなに強く思っているんだ。苦しくて幸せで怖くて、それが私の心を支配する。私の中に広がって行く。こんなに強い歌聞いた事が無い。そんな歌を間近で受けて、葉山君はただ真剣に相手を見ていた。
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