瀬野さん

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 なんて悔しいんだろう。  伝わらない事がこんなにも悔しい事だなんて。必死に伝えようとする人がいる。必死に受け取ろうとする人がいる。なのに伝わらないなんて。  思いを込めた歌の中瀬野さんが日々見つめる葉山君の様々な魅力が詰まっていた。  歌えもしない癖に落ち込んでいる友達に寄り添ってただ微笑む姿や、気付かれもしないのに当たり前のようにさらっと色んな人を助けている様子。黒板消しをやたら丁寧に掃除していたり自転車置き場で自転車を揃えていたり、普通気にも留めない様な細かな彼の行いを幾つも幾つも瀬野さんは拾っていた。葉山君を見ていた。隣の席じゃないのに見ていた。  それら総てが心震わせる歌と共に私に強い共感と狂おしい切なさで覆い尽くし体を震わせる。心をかき乱す。なのに、なのに葉山君には伝わらない。  こんなに強い歌が伝えたい相手に届かない。  歌い続ける瀬野さんは声を震わせ出していた。とうとう涙を溢れ出させてしまっていた。私も思わず口を押えていた。鼻が痛くなって来た。  そこで葉山君は大いに狼狽えて、そしてハンカチを渡した。相手の肩を撫でた。  慰めるの?葉山君、それは、それは酷いよ。  歌が掻き消えた。代わりに上がったのはただの泣き声だった。  通じなかった失意が溢れていた。
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