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「私、水撒くから」
私が葉山君に背を向けた時だ。聞こえた短い歌に足を止めざるを得なかった。
下手糞でおかしな歌。
従弟に対して性的な好意を向ける歌。そんな酷い歌を向けられたんだ。
思わず振り返ると葉山君はまた歌った。
辛い食べ物に対して熱烈な執着を表す様な歌。
ばか、出来ないうちは変なイントネーション付けない事ってあれほど瀬野さんに言われたのに。なのに無理して感情を乗せようとしておかしな事言ってる。
「何を言ってるの? 」
私が言えば葉山君は耳まで真っ赤にしてまた歌った。数少ない知っている歌を。『好き』を意味する歌を。
ばか、ばか。何を言ってるの葉山君。それは瀬野さんに歌ってあげてよ。
裏腹に私の顔は熱くなる。
次の瞬間葉山君は歌った。そう、歌った。
高速言語ではなく、言葉を音楽に乗せた昔からの歌だ。
流行りの高速言語による情報過多な曲ではなく、有史以前から幾つも幾つも作られ時代を彩って来たありきたりのラブソング。私達からしたら言葉拙く、もどかしく、聞く側が受け取りに行く必要さえあるため正確に伝わらない危うささえ伴うもの。
葉山君は言葉で歌っていた。伝わらない扱えない高速言語ではなく自分の扱える言葉で、そこに思いを乗せていた。
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