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願い
渡辺も水江も苦しんでいた。
琴音のことを考えるといてもたってもいられなかったからだ。
「水江さん……」
「そうですね、もう会わない方がいいと思います」
「琴音が可哀そうでたまらないです」
「そうだね、僕も辛いよ。水江さんの言うとおりにしよう」
「渡辺さんは琴音のそばについてあげてください」
「わかった、そうするよ」
病院にて
「琴音ちゃん、野原に咲いていた花を摘んできたんだ」
「まあ、先生、きれい。ありがとうございます」
「琴音ちゃん、具合はどうかな?」
「頭が少し痛いけど、大丈夫よ」
「そうか、でも、時期によくなるからね」
「先生……ピアノ先生を先生ともう一度弾きたい。それだけです」
「それは、琴音ちゃんが退院したらできるよ」
「先生……琴音は辛いの。もう治らないってわかったの」
「どうして?」
「昨日ね、看護師さんたちの声が聞こえたのよ」
「それは聞き違いだよ」
「ううん、先生、わかるのよ。私もね。先生が優しいから来てくださるのでしょ」
「早く、お姉ちゃんのところへ行ってあげて」
「琴音ちゃん……」
「先生、大丈夫よ。泣かなくても、琴音は頑張るから」
「だって、先生の顔を見ると元気がでるの」
「最近はね、頭がとても痛いの」
「でも、先生が来てくれたら不思議と治ったの」
「琴音ちゃん、また来るよ……」
「先生、元気をだしてね。泣かないで、琴音のことより、お姉ちゃんを大事にしてあげてね」
翌日
「頭が痛い、頭が痛い」
「大丈夫? お薬を飲みましょう」
「うん」
「琴音」
「お父さん、来てくれたのね」
「ああ、お父さんは東京に仕事に行っていて、さっき帰ってきたところだよ」
「どうして、そんなに慌てて帰ってくるの……?」
「それは……」
「いいのよ。琴音は頑張るから。頭が痛いけど、頑張るからね」
「琴音……」
「どうして、みんな、私の顔を見ると泣くの?」
「琴音……」
「お父さん、元気をだしてね」
「お父さん、私はもうすぐ星になるのよ」
「琴音、貧血は治るから、そんなことを言ったら駄目だよ」
「いいのよ。みんな優しいから……」
「琴音があまり、勉強をしなかったから、こうなったのかな?」
「琴音がお父さん、お母さんの言うことをよく聞かなかったからかな」
「お父さん、泣かないで。私も泣いてしまうでしょ」
「お父さん、琴音の分まで長生きしてね」
「でも、でも、琴音はちょっとしか生きられなかったからごめんね」
「琴音、もういいよ。それ以上話さなくても」
「何か、食べたいものがあるか?」
「ううん、お腹が空かないのよ」
「でも、会いたい人がいるの。お父さん」
「どんな人なのかな」
「お父さんには話してなかったかしら?」
「ピアノの先生でとてもかっこよくて優しいの」
「琴音のことをね、可愛いって言ってくれたのよ」
「でも……」
「どうした? 琴音?」
「その人はお姉ちゃんのことが好きなの」
「でも、お姉ちゃんが好きだから……」
「お姉ちゃんになりたいな……」
「そうしたら……そうしたら……」
「もういいよ、琴音」
「それ以上、しゃべらなくて、ゆっくり寝なさい」
「うん、ありがとう。お父さん」
「琴音」
「どうしたの? お姉ちゃん?」
「琴音、よく聞いてね」
「うん」
「渡辺先生とはお別れになったの」
「どうして……?」
「先生もピアノが忙しいみたいで……」
「本当にそうなの?」
「そうよ……」
「お姉ちゃん。急に眠くなったの」
「川崎先生と会いたいな……」
「先生……」
「琴音、しっかりして」
最終話につづく
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