大男の正体

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 あの丘の上に佇む洋館には行かない方がいい。恐ろしい大男が一人で住んでいて、訪ねてくる者を生きては返さないらしい。なんて噂が知れ渡るには、この小さな島ではそう時間はかからなかった。いつからそこに住んでいて、いつから恐れられるようになったのか分からないが、この噂は誰もが知っていることだった。 「フルーツ買っていかないかい?安くしとくよ」  人で賑わう大通りを一人歩いていた青年ケリーはその声で足を止める。  リンゴ、オレンジ、レモンにライム。あまり出歩かないケリーにとって色とりどりの果物たちが並ぶ光景はいつ見ても美しく感じた。 「リンゴを二つお願いします」 「二つでいいの?お兄さんかっこいいから一つおまけしとくね」 「ありがとうございます」  金を渡し袋に入ったリンゴを受け取る。  形のよい真っ赤なリンゴを見つめながら歩き始めたとき、大きな影が差す。気づけば賑やかだった大通りが静かになっていて、人々の視線がケリーの方へ向けられていた。不思議に思って振り返るとそこには見上げなければいけないほどの大男が立っている。  皆が焦るなか、ケリーはその整った顔を綻ばせ「りんごを一つおまけしてもらいました!」と嬉しそうに袋を掲げて見せた。 「そうか、良かったな」  その見た目を裏切らない地を這うような低い声は恐ろしいとはかけ離れた優しいものだ。  ケリーの頭を撫でる大きく肉厚な手。温かくて頼もしいその手がケリーは大好きだった。  男色家の主人に少年ではなくなったからという理由で十八で路上に捨てられたケリーは、物心ついた頃から屋敷に閉じ込められていたためどうしていいか分からず途方にくれていた。手枷と足枷をはめられたままの青年に、世間は冷たい目線を送るだけで何もしてはくれなかった。  そんななか一人だけ違う視線を送る者が一人いた。それがこの大男、今の主であるレオンだ。  レオンは見た目こそ恐ろしかったが青年を触る手は優しかった。怖がるケリーを抱き締め、時にはベッドで夜を共にした。初めて体を繋げた次の日の朝は互いに恥ずかしくて目を合わせられなかった。レオンはケリーの体を気遣ったし、あんなことをしてすまなかったと謝ってきさえした。  ケリーは思う。この大男のどこを恐れたらよいのか。 「帰りましょうか」 「そうだな」  その声は今日も優しい。
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