よく引っ越すキミとまた話を

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「また引っ越しの準備してるのか?」  久々に友達の部屋に行くと、いたるところに段ボールがあった。  前から転々と気軽に居住地を変えるような、そういう男だ。 「……また引っ越しをしたら悪いワケ?」 「いや、悪いってわけじゃないけど」 「何?」 「引っ越しって別に安くもないだろ。そんなに頻繁にして大丈夫なもん?」 「大丈夫じゃなかったらしてないよ」  段ボールに阻まれていないソファの方へ促されて、オレはそのまま椅子に座る。  コーヒーを持ってきてくれたので受け取ると、相手は普通に準備を再開した。  確かにちょっと寄っていいか、に許可をくれただけではあった。  嫌なら最初から断っている、とも思うけれど何となく聞いてみた。 「……え、オレ邪魔だった?」 「へ? 別に。ゆっくりしていけばいいんじゃない。少し休みたかったんでしょ」 「あ、ああ……」 「この家で休めるのはあと少しの間だから、存分に楽しんでいけばいいよ」 「そんなにすぐに引っ越すのか?」  コーヒーを少し冷ましながら、随分と殺風景になりつつある見慣れた部屋を見る。  相手は作業をしていて、オレの方なんて振り向きもしない。 「あれ? 言ってなかったっけ?」 「何一つ聞いてねぇよ」 「来週には引っ越すんだよ」 「えっ、早くない……?」 「準備自体は結構前からしてた。てっきり伝えたと思ってた、ごめん」 「いや、別にどこに引っ越そうがお前の自由だしまたどうせ遊びに行くと思うし」 「……そうだね」  今の妙な間はなんだ。  長く見てきた中でも見たことのない、その表情はなんだ。  ほんの少しの違和感がオレの中を駆け抜けていくのが耐えられずに、気づけば問いかけていた。 「どこに、引っ越すんだ?」 「ん-? 内緒」 「なんだよ、教えろよ」 「……正直さ、ここみたいにたまり場にしたくないんだ」  オレの方を振り返って、哀しそうな顔をする。  駅に近くて、乗り換えにも便利。  終電の最終でうっかりしてもギリギリ歩いていける場所。  最初のうちは親しいヤツばかりだったけれど、ただの知り合いまで来るようになって困惑していたのは知っていた。 「そっか」 「うん。だから今回は引っ越して落ち着くまで内緒なんだ」 「わかった、じゃあしょうがないな」 「ある程度経ったら連絡が行くようになると思うから、それまで待ってて」 「……それまで会わないつもりか?」 「うん、そのつもり」  あまりにもあっさりと肯定されて、何となく寂しくなる。  誘えば断らずに、いつでも遊んでくれる。  誰も捕まらない時に声をかけても、予定さえなければ絶対に来てくれる。  そういう人物だったのに。 「そっか、残念だな」 「少しは惜しんでくれる?」 「少しどころじゃなく寂しいよ」 「……そう」  それ以上は答えずに、彼は黙々と引っ越しの準備を進めていた。  何か話を、と思ったけど良い話題も浮かばずコーヒーを飲み干したら立ち上がっていた。 「じゃあ、オレそろそろ」 「あ、うん。気を付けてね」  いつものように見送ってくれる。  何か思う所があって、変わろうとしているのかもしれない。  それなら友達としては、迷惑をかけるわけにはいかない。 「コーヒー美味しかったよ」 「良かった。なんだかんだ教え忘れてたから市販品の販売アドレス送っとく」 「アフィリエイトか?」 「まさか、通販のがわかりやすいだろ」  ははは、と笑う表情がどこか元気がない気がした。  色んな人が出入りしてたのは知ってた。  相当疲れていたのかもしれない。 「それもそうだな。ありがとう」 「うん、それで時々思い出してよ」 「なんだよ、今生の別れか?」 「しばらく会わないからだよ。じゃあね」 「おう、またな」  茶化すように笑いながら、否定をしなかった。  今になって思えばこの時に気づけば良かったんだと思う。  その後、友人にこちらから連絡が取れなかった。  胸の中に嫌な予感があって、まさかなと首を振ってごまかし続けた。  しばらく経って、彼からの手紙と別のお知らせが一緒に届いていた。  彼の引っ越し先は、最初からなかったようだった。  あの時もう少し深く効いていれば、と思う事もある。  けれど、深く聞いて何が変わったんだろうとも思った。  随分と経っても、市販のコーヒーは多少味が変わっても売られていた。  コーヒーを眺める度に、オレはどうしても彼の事を思い出してしまう。  引っ越したばかりで段ボール箱で一杯の部屋の中。  彼が居た頃と同じ場所に、配置したよく似たソファに腰かけて俺は呟く。 「時々になんて、できねぇよ」  あの時せめて好きと言っていれば。  どうしようもない後悔を、見慣れた部屋でコーヒーの苦みと一緒に飲み干した。
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