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なにか、ある…
まだ、なにか、ある…
が、
それが、なんだかは、わからなかった…
和子と伸明の話は、続いた…
が、
すぐには、話さなかった…
正直、和子の落胆が、ひどかったからだ…
その様子を見た、菊池リンが、
「…おばあさま…」
と、声をかけた…
落胆の原因が、自分であることが、わかっているからこそ、声をかけたのだろう…
彼女が、なにをしでかしたかのかは、わからないが、彼女が、和子の心痛の種であることは、誰の目にも、明らかだった…
だから、余計に、この場に居づらかった…
正直、逃げ出せるものなら、逃げ出したかった…
それが、偽らざる気持ちだった…
そして、それは、たぶん、他の者も、同じだったに、違いない…
当たり前だが、私一人ではない…
居心地が、良いと、思う場所は、誰もが、居心地が良いと思うし、居心地が悪いと思う場所は、誰もが、居心地が悪いと、思う…
当たり前のことだ…
が、
逃げ出すことは、誰一人できない…
私を除けば、全員が、当事者…
菊池リンは、裏切り者と呼ばれる当事者だし、伸明は、五井家当主…
和子は、五井の女帝…
この三人は、全員、五井の関係者…
そして、残りの一人のナオキは、今回の騒動の原因を作った人間ともいえる…
なぜなら伸明に、ナオキの持つFK興産の株を半分、売却したからだ…
それゆえ、おそらく、五井長井家が、FK興産の株を買おうとしたところに、横取りした…
その結果、五井長井家に、FK興産の株を取られず、五井の家格を守った…
本家の家格を守った…
五井の順列が、崩れずに済んだ…
そういうことだからだ…
五井長井家が、ナオキから、FK興産の株の半分を譲り受ければ、伊勢原周辺の土地を大量に、保有することになり、その結果、五井の順列が、崩れかねない…
それを、恐れた本家が、ナオキから、FK興産の株を横取りしたからだ…
私は、あらためて、そう、思った…
そして、私が、そう思っていると、
「…五井は、連合体…」
と、またも、和子が、繰り返した…
「…そして、その内実は徳川幕府と同じ…親藩、譜代、外様という大名たちの序列があり、それぞれ、石高が、違う…それと、同じ…つまりは、初めから、序列が決まっていて、それが、崩れることがない…」
「…」
「…だから、当然、中には、その序列に不満を抱く者が、出る…」
「…不満を抱く者ですか?…」
「…そう、不満を抱く者…だって、生まれながらに、本家に生まれるか、分家に生まれるかで、五井一族の中でも、優劣が、生じる…これが、相撲のように、強くなれば、誰でも、横綱になれるのとは、まったく違う…いくら、優秀でも、分家に生まれた者は、本家に勝てない…これは、不公平でしょ?…」
「…」
「…だから、不満が出る…当たり前ね…」
和子が、笑った…
哀しそうに、笑った…
「…でも、これは、最近、思うのだけれども、日本の戦後の民主主義が、いけないのだと、思う…」
「…どうして、いけないんですか?…」
「…人間は、皆、平等と説く…」
「…平等?…」
「…そんなわけないのにね…」
和子が、笑った…
「…誰もが、生まれつき、差があるのが、普通…お金持ちの家に生まれたり、寿さんのように、美しく生まれたりすれば、いいけれども、大半は、それほどでもない…」
「…」
「…でも、人間は、皆、平等と説くから、それを、受け入れらない者も出る…わかりやすい例で言えば、会社ね…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出ても、仮に、同じ会社で、机を並べて、同じ仕事をして、偏差値40の高校を出ている者が、仕事ができれば、自分の方が、仕事ができて、出世ができると、勘違いする…それが、好例ね…」
「…勘違い?…」
「…だって、そうでしょ? …仮に、偏差値40の高校を出たひとが、偏差値70の大学を出た者に仕事で勝っても、その仕事の内容による…」
「…どういう意味ですか?…」
「…要するに、単純労働ね…だから、偏差値は、関係ない…でも、それが、わからない…だから、偏差値40なのかも、しれない…」
和子が、苦笑する…
「…それに、もし、その偏差値40のひとが、本当に、優秀で、会社で、課長、部長と、出世街道を歩んでいって、それが、世間で、噂になりでも、したら、大変…」
「…なにが、大変なんですか?…」
「…あの会社は、完全な実力主義…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出た者より、出世できると、噂になる…」
「…それが、どうして、大変なんですか?…」
「…それが、例えば、新興企業だったならば、いい…でも、それが、五井のような歴史のある企業だったら、困る…」
「…なにが、困るんですか?…」
「…東大や、京大を出た人間が、五井を敬遠する…」
「…敬遠する?…」
「…だって、そうでしょ? 偏差値40のひとが、偏差値70のひとより、出世できる会社なんて…偏差値40のひとは、入りたがるかもしれないけれども、偏差値70のひとは、誰も入りたがらなくなる…だって、学歴がまったく生かせないでしょ?…」
「…それは…」
「…当然よね…そんな会社は、頭のいい人は、入らない…当たり前ね…」
和子が、笑う…
「…でも、そんな会社も最初は、完全な実力主義でも、例えば、成功して、会社が大きくなれば、変わる…」
「…どう変わるんですか?…」
「…偏差値重視に変わる…なにより、会社が大きくなり、世間に知られるようになれば、自然と優秀な人材が集まるようになる…だから、自然と、偏差値の高い、人間が、大半を占めるようになる…それは、FK興産も、同じだったでしょ?…」
「…それは…」
私は、答えることが、できなかった…
たしかに、和子の言う通りだったからだ…
だから、答えられなかった…
すると、和子が、
「…少々、話が脱線したかも、しれないけれども、私が、言いたいのは、身の程を知れ! ということ…」
「…身の程を知れ、ですか?…」
「…人間は、平等ではないと、知れと、言うこと…」
「…」
「…つまりは、五井の本家に生まれたのなら、本家に生まれたのが、運命…分家に生まれたのならば、分家に生まれたのが、運命…その運命に従って、生きなさいということ…」
「…」
「…寿さんには、失礼だけれども、普通のひとが、どんなに整形しても、寿さんのように、美人には、なれない…」
「…」
「…でも、それが、運命…誰もが、受け入れなければ、ならない現実だけれども、稀に受け入れられない者もいる…」
「…受け入れられない者ですか?…」
「…そうよ…」
和子が、言った…
怒ったように、言った…
「…人間は、あくまで、平等だと、考える…その結果、自分の立場が受け入れられない…」
「…立場?…」
「…さっきも言ったように、美人に生まれたり、生まれなかったり、お金持ちの家に生まれたり、生まれなかったり、する立場…」
「…」
「…五井で言えば、本家に生まれたり、分家に生まれたりする、立場…」
「…そうね…リン…」
和子が、いきなり、菊池リンの名前を言った…
いきなり、彼女の名前を名指しした…
私は、どうして、この話の流れで、彼女の名前が出るのか、わからなかった…
彼女は、五井東家の人間…
五井の一族の中でも、優位に立つ立場…
本家に次ぐ、家格の家柄…
それが、どうして、彼女の名前が出るのかわからなかった…
なぜなら、今の和子の話の流れでは、劣った者が、自分の立場が、認められない…
そう言っていたからだ…
が、
この菊池リンは、劣っていない…
家柄も、ルックスも劣っていない…
年齢も、まだ23歳と大学を卒業したばかり…
32歳の私より9歳も若い…
だから、この菊池リンを見る限り、なに一つ劣るものは、ないように、見えた…
それが、なぜ、菊池リンなのか?
さっぱり、わからなかった…
だから、首をひねった…
すると、すぐに、和子が、謎解きをした…
その謎を解いた…
「…リンの父親は、五井長井家出身…」
和子が、言った…
謎解きをした…
私は、思わず、
「…エッ?…」
と、言った…
言っては、いけないのだけれども、つい、言ってしまった(苦笑)…
和子は、それを、聞いて、
「…五井は、一族の結婚が、多いの…」
と、笑った…
笑いながら、告白した…
「…ほら、五井の歴史は、400年…つまりは、ご先祖様から、400年経っている…だから、本当は、一族とは、名ばかり…一族とは、言っても、血は薄い…もはや、他人に近い…」
「…」
「…だから、結婚は、一族内で、することを、奨励する…そうでなければ、余計に血が薄くなる…その結果、五井一族としての団結心が、薄れる…」
和子が、説明する…
たしかに、それは、わかっていた…
たしかに、それは、知っていた…
以前、何度も、聞いたからだ…
が、
まさか、菊池リンの父親が、五井長井家の人間だとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
そして、それが、私の表情に出たのだろう…
「…寿さん…ビックリしたようね?…」
と、和子が、笑った…
私は、
「…ハイ…」
と、言いたかったが、あえて、答えないことにした…
答えないほうが、いいと、思ったからだ…
別段、理由はない…
が、
考えてみれば、わかる…
すでに、わかりきった展開だった…
五井は、同じ一族内で、結婚を奨励している…
400年の歴史で、薄まり過ぎた血を、さらに、薄めないためだ…
だから、同じ一族内で、結婚を、推奨している…
これは、もう何度聞いたか、わからないほど、聞いた(苦笑)…
正直、私の頭の中に、刷り込まれている…
が、
にも、かかわらず、菊池リンの父親が、五井長井家出身だとは、思わなかった…
考えもしなかった…
相変わらず、とろい…
自分自身の無能さを思った…
あらためて、思った…
そして、それを、思えば、すぐに、身近に、その例があった…
長谷川センセイだ…
長谷川センセイの姉が、五井東家に、後妻に入ったと、以前、聞いた…
これは、考えてみれば、血…
血に他ならない…
五井の血に他ならない…
同じ五井一族ゆえに、五井長井家に後妻に入ったということだろう…
あの長谷川センセイは、五井西家の血を汲んでいる…
先祖は、五井西家の血を汲んでいるが、すでに、なんの関係もないと、以前、私に言っていた…
そして、私は、その言葉を信じた…
たしかに、皇族を見れば、わかるが、いつまでも、皇族でいられるのは、ごく少数…
しかも、基本、男系のみ…
男のみだ…
これは、あくまで、日本の皇族を例に挙げただけだが、五井にしても、それは、同じ…
たぶん、似たようなものだろう…
皇族のように、男系優先ではないかも、しれないが、あまりにも、血が薄れれば、関係なくなる…
例えば、長谷川センセイではないが、あまりにも、血が薄くなれば、五井西家出身といっても、五井の会社に入社したとしても、なんの恩恵も受けられないだろう…
例えば、五井西家の主要メンバーならば、五井の関連会社に入社しても、最初からエリート街道…
国家公務員で言えば、キャリア採用…
最初から、かなり高い地位まで、昇れることは、了承済み…
が、
あまりにも、血が薄ければ、五井の関連会社に入社しても、なんの恩恵も受けられないだろう…
すでに、一般人と同じ…
そして、おそらく、入社に際しても、なんの恩恵もない…
一般人と同じ…
つまりは、五井の血を引くと、公言しても、誰も相手にしない…
可哀そうだが、そういうことだろう…
いくら、五井の血を引いていたとしても、いつまでも、五井家で、面倒は、みれない…
血があまりにも、薄くなれば、一般人扱い…
そういうことだろう…
私は、思った…
が、
それだけでは、わからない…
菊池リンの父親が、五井長井家出身だとしても、なぜ、菊池リンが、五井長井家に味方したのか、わからない…
まだまだ、謎が残った…
<続く>
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