伸明 27

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 なにか、ある…  まだ、なにか、ある…  が、  それが、なんだかは、わからなかった…  和子と伸明の話は、続いた…  が、  すぐには、話さなかった…  正直、和子の落胆が、ひどかったからだ…  その様子を見た、菊池リンが、  「…おばあさま…」  と、声をかけた…  落胆の原因が、自分であることが、わかっているからこそ、声をかけたのだろう…  彼女が、なにをしでかしたかのかは、わからないが、彼女が、和子の心痛の種であることは、誰の目にも、明らかだった…  だから、余計に、この場に居づらかった…  正直、逃げ出せるものなら、逃げ出したかった…  それが、偽らざる気持ちだった…  そして、それは、たぶん、他の者も、同じだったに、違いない…  当たり前だが、私一人ではない…  居心地が、良いと、思う場所は、誰もが、居心地が良いと思うし、居心地が悪いと思う場所は、誰もが、居心地が悪いと、思う…  当たり前のことだ…  が、  逃げ出すことは、誰一人できない…  私を除けば、全員が、当事者…  菊池リンは、裏切り者と呼ばれる当事者だし、伸明は、五井家当主…  和子は、五井の女帝…  この三人は、全員、五井の関係者…  そして、残りの一人のナオキは、今回の騒動の原因を作った人間ともいえる…  なぜなら伸明に、ナオキの持つFK興産の株を半分、売却したからだ…  それゆえ、おそらく、五井長井家が、FK興産の株を買おうとしたところに、横取りした…  その結果、五井長井家に、FK興産の株を取られず、五井の家格を守った…  本家の家格を守った…  五井の順列が、崩れずに済んだ…  そういうことだからだ…  五井長井家が、ナオキから、FK興産の株の半分を譲り受ければ、伊勢原周辺の土地を大量に、保有することになり、その結果、五井の順列が、崩れかねない…  それを、恐れた本家が、ナオキから、FK興産の株を横取りしたからだ…  私は、あらためて、そう、思った…  そして、私が、そう思っていると、  「…五井は、連合体…」  と、またも、和子が、繰り返した…  「…そして、その内実は徳川幕府と同じ…親藩、譜代、外様という大名たちの序列があり、それぞれ、石高が、違う…それと、同じ…つまりは、初めから、序列が決まっていて、それが、崩れることがない…」  「…」  「…だから、当然、中には、その序列に不満を抱く者が、出る…」  「…不満を抱く者ですか?…」  「…そう、不満を抱く者…だって、生まれながらに、本家に生まれるか、分家に生まれるかで、五井一族の中でも、優劣が、生じる…これが、相撲のように、強くなれば、誰でも、横綱になれるのとは、まったく違う…いくら、優秀でも、分家に生まれた者は、本家に勝てない…これは、不公平でしょ?…」  「…」  「…だから、不満が出る…当たり前ね…」  和子が、笑った…  哀しそうに、笑った…  「…でも、これは、最近、思うのだけれども、日本の戦後の民主主義が、いけないのだと、思う…」  「…どうして、いけないんですか?…」  「…人間は、皆、平等と説く…」  「…平等?…」  「…そんなわけないのにね…」  和子が、笑った…  「…誰もが、生まれつき、差があるのが、普通…お金持ちの家に生まれたり、寿さんのように、美しく生まれたりすれば、いいけれども、大半は、それほどでもない…」  「…」  「…でも、人間は、皆、平等と説くから、それを、受け入れらない者も出る…わかりやすい例で言えば、会社ね…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出ても、仮に、同じ会社で、机を並べて、同じ仕事をして、偏差値40の高校を出ている者が、仕事ができれば、自分の方が、仕事ができて、出世ができると、勘違いする…それが、好例ね…」  「…勘違い?…」  「…だって、そうでしょ? …仮に、偏差値40の高校を出たひとが、偏差値70の大学を出た者に仕事で勝っても、その仕事の内容による…」  「…どういう意味ですか?…」  「…要するに、単純労働ね…だから、偏差値は、関係ない…でも、それが、わからない…だから、偏差値40なのかも、しれない…」  和子が、苦笑する…  「…それに、もし、その偏差値40のひとが、本当に、優秀で、会社で、課長、部長と、出世街道を歩んでいって、それが、世間で、噂になりでも、したら、大変…」  「…なにが、大変なんですか?…」  「…あの会社は、完全な実力主義…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出た者より、出世できると、噂になる…」  「…それが、どうして、大変なんですか?…」  「…それが、例えば、新興企業だったならば、いい…でも、それが、五井のような歴史のある企業だったら、困る…」  「…なにが、困るんですか?…」  「…東大や、京大を出た人間が、五井を敬遠する…」  「…敬遠する?…」  「…だって、そうでしょ? 偏差値40のひとが、偏差値70のひとより、出世できる会社なんて…偏差値40のひとは、入りたがるかもしれないけれども、偏差値70のひとは、誰も入りたがらなくなる…だって、学歴がまったく生かせないでしょ?…」  「…それは…」  「…当然よね…そんな会社は、頭のいい人は、入らない…当たり前ね…」  和子が、笑う…  「…でも、そんな会社も最初は、完全な実力主義でも、例えば、成功して、会社が大きくなれば、変わる…」  「…どう変わるんですか?…」  「…偏差値重視に変わる…なにより、会社が大きくなり、世間に知られるようになれば、自然と優秀な人材が集まるようになる…だから、自然と、偏差値の高い、人間が、大半を占めるようになる…それは、FK興産も、同じだったでしょ?…」  「…それは…」  私は、答えることが、できなかった…  たしかに、和子の言う通りだったからだ…  だから、答えられなかった…  すると、和子が、  「…少々、話が脱線したかも、しれないけれども、私が、言いたいのは、身の程を知れ! ということ…」  「…身の程を知れ、ですか?…」  「…人間は、平等ではないと、知れと、言うこと…」  「…」  「…つまりは、五井の本家に生まれたのなら、本家に生まれたのが、運命…分家に生まれたのならば、分家に生まれたのが、運命…その運命に従って、生きなさいということ…」  「…」  「…寿さんには、失礼だけれども、普通のひとが、どんなに整形しても、寿さんのように、美人には、なれない…」  「…」  「…でも、それが、運命…誰もが、受け入れなければ、ならない現実だけれども、稀に受け入れられない者もいる…」  「…受け入れられない者ですか?…」  「…そうよ…」  和子が、言った…  怒ったように、言った…  「…人間は、あくまで、平等だと、考える…その結果、自分の立場が受け入れられない…」  「…立場?…」  「…さっきも言ったように、美人に生まれたり、生まれなかったり、お金持ちの家に生まれたり、生まれなかったり、する立場…」  「…」  「…五井で言えば、本家に生まれたり、分家に生まれたりする、立場…」  「…そうね…リン…」  和子が、いきなり、菊池リンの名前を言った…  いきなり、彼女の名前を名指しした…  私は、どうして、この話の流れで、彼女の名前が出るのか、わからなかった…  彼女は、五井東家の人間…  五井の一族の中でも、優位に立つ立場…  本家に次ぐ、家格の家柄…  それが、どうして、彼女の名前が出るのかわからなかった…  なぜなら、今の和子の話の流れでは、劣った者が、自分の立場が、認められない…  そう言っていたからだ…  が、  この菊池リンは、劣っていない…  家柄も、ルックスも劣っていない…  年齢も、まだ23歳と大学を卒業したばかり…  32歳の私より9歳も若い…  だから、この菊池リンを見る限り、なに一つ劣るものは、ないように、見えた…  それが、なぜ、菊池リンなのか?  さっぱり、わからなかった…  だから、首をひねった…  すると、すぐに、和子が、謎解きをした…  その謎を解いた…  「…リンの父親は、五井長井家出身…」  和子が、言った…  謎解きをした…  私は、思わず、  「…エッ?…」  と、言った…  言っては、いけないのだけれども、つい、言ってしまった(苦笑)…  和子は、それを、聞いて、  「…五井は、一族の結婚が、多いの…」  と、笑った…  笑いながら、告白した…  「…ほら、五井の歴史は、400年…つまりは、ご先祖様から、400年経っている…だから、本当は、一族とは、名ばかり…一族とは、言っても、血は薄い…もはや、他人に近い…」  「…」  「…だから、結婚は、一族内で、することを、奨励する…そうでなければ、余計に血が薄くなる…その結果、五井一族としての団結心が、薄れる…」  和子が、説明する…  たしかに、それは、わかっていた…  たしかに、それは、知っていた…  以前、何度も、聞いたからだ…  が、  まさか、菊池リンの父親が、五井長井家の人間だとは、思わなかった…  夢にも、思わなかった…  そして、それが、私の表情に出たのだろう…  「…寿さん…ビックリしたようね?…」  と、和子が、笑った…  私は、  「…ハイ…」  と、言いたかったが、あえて、答えないことにした…  答えないほうが、いいと、思ったからだ…  別段、理由はない…  が、  考えてみれば、わかる…  すでに、わかりきった展開だった…  五井は、同じ一族内で、結婚を奨励している…  400年の歴史で、薄まり過ぎた血を、さらに、薄めないためだ…  だから、同じ一族内で、結婚を、推奨している…  これは、もう何度聞いたか、わからないほど、聞いた(苦笑)…  正直、私の頭の中に、刷り込まれている…  が、  にも、かかわらず、菊池リンの父親が、五井長井家出身だとは、思わなかった…  考えもしなかった…  相変わらず、とろい…  自分自身の無能さを思った…  あらためて、思った…  そして、それを、思えば、すぐに、身近に、その例があった…  長谷川センセイだ…  長谷川センセイの姉が、五井東家に、後妻に入ったと、以前、聞いた…  これは、考えてみれば、血…  血に他ならない…  五井の血に他ならない…  同じ五井一族ゆえに、五井長井家に後妻に入ったということだろう…  あの長谷川センセイは、五井西家の血を汲んでいる…  先祖は、五井西家の血を汲んでいるが、すでに、なんの関係もないと、以前、私に言っていた…  そして、私は、その言葉を信じた…  たしかに、皇族を見れば、わかるが、いつまでも、皇族でいられるのは、ごく少数…  しかも、基本、男系のみ…  男のみだ…  これは、あくまで、日本の皇族を例に挙げただけだが、五井にしても、それは、同じ…  たぶん、似たようなものだろう…  皇族のように、男系優先ではないかも、しれないが、あまりにも、血が薄れれば、関係なくなる…  例えば、長谷川センセイではないが、あまりにも、血が薄くなれば、五井西家出身といっても、五井の会社に入社したとしても、なんの恩恵も受けられないだろう…  例えば、五井西家の主要メンバーならば、五井の関連会社に入社しても、最初からエリート街道…  国家公務員で言えば、キャリア採用…  最初から、かなり高い地位まで、昇れることは、了承済み…  が、  あまりにも、血が薄ければ、五井の関連会社に入社しても、なんの恩恵も受けられないだろう…  すでに、一般人と同じ…  そして、おそらく、入社に際しても、なんの恩恵もない…  一般人と同じ…  つまりは、五井の血を引くと、公言しても、誰も相手にしない…  可哀そうだが、そういうことだろう…  いくら、五井の血を引いていたとしても、いつまでも、五井家で、面倒は、みれない…  血があまりにも、薄くなれば、一般人扱い…  そういうことだろう…  私は、思った…  が、  それだけでは、わからない…  菊池リンの父親が、五井長井家出身だとしても、なぜ、菊池リンが、五井長井家に味方したのか、わからない…  まだまだ、謎が残った…                <続く> 
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