五日目・探索パート④

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五日目・探索パート④

道の角を曲がったら、一瞬でおおきなゴミのボックスに放りこまれ、黒い袋に埋もれてしまい。 もがいて声をあげる暇もなく、相手が接近してマスクに人差し指を立ててみせた。 「静かに」と。 使い古されたものなのか、ボックスの蓋部分には隙間ができ、壁に穴も開いて光が差しこむから、わりと目が利く。 暗さに目が慣れないうちに、相手の顔も見えたもので。 ぎくりではなく、どきりとしたのは、じつは凛々しい男前な口裂け男だったから。 まあ、先日、雨で流されたはずの化粧が元どおりなのが残念なところ。 さっき勢いよく蓋が開け放たれたときは、白いワンピースしか目につかなかったに「どっち!?」と冷や冷やしたが。 どうやら俺を攫った車に突き放されたあとも、探しつづけてくれたらしい。 で、たぶん、探している途中、人面犬に襲われているのを目撃し、助けてくれたのか。 それにしても、どうして鼻がつぶれそうなほど臭いゴミのボックスの中に・・・。 少少、不服に思い、でも「ああ、そうか」と気づく。 おそらく人面犬は、犬と同じく鼻が利くので、俺が逃げるルート、その選択肢がいくつあろうと、迷わず匂いを辿ってこれたのか。 そう見ぬいた口裂け男が、俺の体臭を紛らわすため、ゴミのすさまじい腐臭に埋もれさせたと。 とはいえ、匂いが途切れた場所の近くにゴミのボックスがあれば、隠れ場所が一目瞭然のところ。 そこは犬と化したことで、頭に血が上るまま、まっしぐらとばかり人のように機転が利かなくなったせいか。 ボックスには放られてから、しばらく経っても、吠えられたり、蓋を揺すられていない。 たしかに犬として視野が狭くなったせいもありつつ、これまた、口裂け男のお手柄だろう。 そう、俺がゴミ袋に埋もれるまえにTシャツを引きちぎったのは、攪乱するため。 俺の匂いつきのTシャツの一部分を丸めて、むかいの壁のむこうに放ったのだと思う。 三日目の精神病棟の迷宮で、まんまと二口女をまいて、外に跳びでたときも思ったが、あらためて「頭の回転が早いし、機転が効くな!」と感心も感心。 「惚れなおしちゃう!」と冗談ぽく思いながら、マスクに人差し指を立てたまま、人面犬の動向を耳でさぐっているように真顔でいるのに「ち、近い・・・」と目を逸らしてドギマギ。 ボックス内は狭いし、ゴミ袋もあるし、彼は巨体だし、今まででいちばんの密着具合。 前世では同性とよく、べたべたしていたとはいえ、異性だらけの環境に変わり、男に飢えている状態となれば、変に意識を・・・。 なんて、情緒不安定なせいだけではないだろう。 だって、拉致犯は全員男だったものを「お、お、おお、男じゃあ!男いっぱいじゃああ!」と涎を垂れ流しにするような気の迷いを起こさなかったし。 そりゃあ、外国人の工作員と、極悪な裏切り者の日本人相手では、頬を赤らめるより、ちびってしまうが。 いや、にしたって、恐怖の度合いでは、口裂け男と会ったときのほうが(まさか噂にない口裂け女の男バージョンがあると夢にも思わなかったし)衝撃的すぎて、むしろ上回ると思う。 そのくせ長く探しつづけていた運命の人と念願の再会ができたように「やっと会えた!」と涙ながらに抱きついたし。 前世の父の受け売りであり、俺のモットーは「噂や陰口に振りまわされず、真っこうから相対して人を判断せよ」。 かといって、彼に抱きついた自分の直感が百パー正しいとは思わないものの、すくなくとも経験上、又聞きした印象とちがうことが多かったのは確か。 口裂け男の場合、噂レベルではなく、歴史的な人の証言によって「猟奇的人食い殺人犯」との肩書が与えられているが・・・。 知らなかったころなら、まだしも、信頼できるエンドー先生に資料を見せてもらってからも至近距離にいる、化粧で台なしの隠れ男前に息を飲み鼓動を早めてしまう。 いくらホラー好きでも元殺人犯の怨霊に胸をときめかせて、どうするよ! いや、ホラーゲームおたくのなかには、口裂け女レベルの存在で「抜ける」とほざく強者がいるし、不必要に顔がよく、恐怖をを相殺するほどセクシーな怨霊がでてくることもある。 ある、けどもなあ。 いや「抜ける」云々はさておき(深く考えたくないし)俺が口裂け男にどうしても惹かれるのは、人人の証言と、探索ルートでのふるまいが、ちくはぐだから、それだ。 そもそも怨霊だとして、なにを目的にこの世にとどまったのか、まったく分からない。 美少年の玲二に恋をして狂い、殺して食べて、結局、すぐ死んだとはいえ、彼的には願いが成就し、未練がないのでは? 思惑があるにしろ、俺を献身的に助けることが最終的にどういう実を結ぶものやら、はかり知れないにもほどがある。 俺が美少年ならまだしも、だ。 もし彼が「猟奇的人食い殺人犯」という前提がくつがえれば、考えようがあるものを。 悪人と見なされていたのが善人だったと発覚する例はあまりない。 といって反証しにくいのと、熱心に人が知りたがらないせいで、埋もれているだけの可能性が 逆に聖人のように褒め称えられる人が、とんだ極悪人だったと暴かれることは、世にたくさんある。 あの人面犬の男がいい例。 一見、親しげで賢しそうで愛嬌もあり、ヒッピー風の格好をしながらも、世間の評価が高そうな好青年が、その本性は、外国の犬だということか。 いや、飼い主を裏切らない犬もいるし、そう例えるのは失礼かもしれないが。 まあ、隣国には犬を食べる風習があるというに、どれだけ献身的に仕えようと、結局は食い物にされるということなのかも。 もしくは強制的に人が犬化された逸話があるとおり、親がキョ―サンシュギシャで、幼いころから躾と称して洗脳されていたか。 また「噛まれたら、自分も人面犬になる」という噂のひとつからして、そうしてキョ―サンシュギが感染するように人に広まっているとか? 外国の工作員に手を貸して自国を貶める心理が解せずに、ついつい考えこんでしまい。 火照っていた頬がすっかり冷えたのに気づき、いい加減「現状の問題と向きあわないと」と思考の切り替えを。
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