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五日目・調査パート①
目覚まし時計のベルを止めて、手首の刻印「正」が二画減っているのを見てから、また布団にくるまって「うぐう・・」と呻いた。
あまりに憂鬱で体も気だるく、ゲームを詰んでもいいから「学校、休みてー」とごねたくなったもので。
口裂け女の行列に道をふさがれた挙句、これまで以上に現実離れした異空間、絵の世界に踏みこんで、出口があるのかも分からず、当てもなくさ迷ったのだ。
そりゃあ、体も精神もまいってしまうが、休みを挟んだことで、むしろ調子が狂ったせいもあるのだろう。
休み明けは「ああ、また長い一週間が・・・」とかるく絶望的な気分になり、学校でふだんどおり過ごしても、やけに疲れるのと同じだ。
休みがないと、命を削っての口裂け女とのバトルに七日ももたないとは思う。
とはいえ、胃に穴が開きそうになりながら歯噛みして一気に駆けぬけるより、一旦、緊張の糸が切れたのを持ちなおすほうが辛いかもしれない。
「いや、でも、明日、日曜だから・・・」とどうにか自分を宥め励まし、ベッドから脱出。
リポビタン○を一気飲みし、ズボンとYシャツを着て、一階に下りていくと、居間のドアを突きぬけて大声が。
また異国の家政婦さんが、異国の言葉で電話をしているらしい。
「もし国際電話なら、かなり料金がかかるのでは?」と首をひねりつつ「まあ、子供の俺は契約内容なんか知らんし」とドアを開け居間へと。
とたんに、喚きを飲み、丸い目をむける彼女。
ふだん「できるだけ、関わらないでおこう」と避けているだけに、まともに目があったのは転生してから初めて。
「だから驚いているのか?」と眉をひそめるも、常時不機嫌な家政婦の相手をする気力はなく「ああ、気にしないで」と手をあげ、台所へ。
テーブルに並ぶ食事を、お盆に乗せてリビングに行き、テレビの電源をオンにし食卓についた。
気分転換したかったのと、転生してから、まともにテレビを観たことがなかったので。
果たして、分厚いテレビの画面に写ったのは「川口○探検隊」のCM。
南国のジャングルを探検するドキュメント番組らしいとはいえ、ホラー映画のように脅かすうような音楽が流れ、しかもタイトルが「秘境にひそむ人食い巨人族を追え!」とうさん臭さ満点。
一瞬、人食い巨人族が映ったものの、過剰な音響と演出のせいで、やらせにしか思えず、そのくせあくまでリアルを追求したドキュメントの体をなしている、ちぐはぐさよ。
前世、かつて俺がいた未来では、こんなコントと紙一重ながら、真面目くさってオカルトチックを貫いた番組はなく、口をあんぐり。
といって、オカルトブームの全盛だったとされるこの時代では「川口○探検隊」に限らず、メディアなどでは現実と非現実が混然としていたよう。
学校で女子たちが盛んに噂をするのにしろ、ゲームの都合上だけでなく、流行のせいもあるらしい。
ホラーおたくのユキオ曰く「『ノストラダムスの大予言』(という予言書の本)が売れたのが、ブームの火つけ役になった」とのこと。
実際、学校でも「一九九九年には世界が滅ぶ!みんなに未来はないのよ!」と奇声をあげる人がいるし、彼女たちが額をよせあい読んでいる児童書や、女子むけの雑誌には、都市伝説をはじめ、心霊やUFO、UMA、超能力、超常現象などの特集ページばかり。
家にある大人むけの雑誌も似たようなもので「心霊手術」、メスを持たないで病気を治す神の手を持つ人がいると、一般的な記事として載っていた。
俺の未来では「ねつ造だ!」「詐欺だ!」と一刀両断されるものを、身近に潜むリアルな危険や奇跡として語られる、この時代。
ホラー好きとしては「ないとも云いきれない」と余白をのこして、オカルトがはびこる日常をすごすのは愉快なように思える。
まあ、この目で口裂け女をはっきりくっきりと見ているし、ばっちりがっつり命を狙われているしな・・・。
「川口○探検隊」のあとに「UFO!」と陽気な歌が流れたのに肩を落としつつ、ご飯をかきこみ、立ちあがった。
さっきの電話を見咎められたと思ったのか、家政婦は目につかなかったものを、気にせず、登校の準備を。
「いってきます」と家をでて、ユキオを迎えにいけば、相かわらベストタイミングで、学ランにサングラスをきらめかせ、跳びでてきた。
挨拶そっちのけで、鼻息荒く「昨日の夜の都市伝説特集見たか!?」と。
「夜は口裂け女と逢引してたよ」と返すことはできず。
首を振るも、結局は「口裂け女の由来で、今までにない説が浮上したんだよ!」と彼女のネタのよう。
「それも、アメリカのCIA、スパイ機関の陰謀なんだって!
噂の広がりを検証するために、実験的に創作した都市伝説を流したっていうんだ!
そんなことして、なんの意味があるって?
そりゃあ、アメリカが有利になるよう日本を操るために決まってるだろ!
オイルショックからも分かるとおり、日本人は噂に惑わされやすくて、群集心理に陥りやるいからな!
あらためて、その度合いを調べているんだろうさ!」
オイルショックとはなんぞや?とぴんとこないで、さぞ浮かない顔をしていただろうが、かまわず、ミキオはおたく特有の早口で陰謀論をぶちまけつづける。
「ていうか、俺はオカルトブーム自体が、アメリカが戦略的につくりだしたんじゃないかって思うんだよ!
工作活動による影響がでたとして、たとえば、スパイが目撃されたのを『未確認生物だ』ってオカルトになすりつけるとか!
架空の恐怖に夢中にさせて、アメリカが日本に気づかせたくない、国際的な真の脅威から目を逸らさせるとかさ!」
「・・・それは、さすがに考えすぎじゃないか?」
「いーや!だって、このごろ、オカルト映画が流行っているだろ!
『オーメン』とか『エクソシスト』とか『悪魔のいけにえ』とか!
これせーんぶ、アメリカが制作したんだからな!
噂をでっちあげ、それが広がるようしむけて、オカルトブームを煽って、仕上げにもっとも効果的な映画を見せる!
これで、薬漬けになったようにオカルトどっぷりで、日本は骨抜きにされたわけ!」
ユキオが息巻いて吹く、陰謀論の真偽はともかく。
オカルトやホラーは「怖いけど見たい」という単純に人の好奇心を疼かせるエンタメだと思っていたので、そういう深読みもできるのかと感心。
ふと思いだすのは、昨晩の西洋の屋敷で、玉木家の次女が云ったこと。
「ただでさえ噂はいい加減に流され広まるし、それには意図があって捻じ曲げられたものも紛れているから気をつけて」
朝っぱらからミキオが鬱陶しく吠えているし、今回の探索パートに陰謀論が関わってくるのだろうか。
なんて、つい物思いにふけるも、ミキオのマシンガントークはとまらず、なにやら愚痴っているよう。
「にしてもさあ、再現ドラマの口裂け女、別嬪の女優さんが演じていたけど、ちがうんだなあ!分かっていないなあ!
彼女の魅力は『口が裂けていなければ別嬪』っていうチープな美しさじゃない!
いまだ恋慕の情に縛られて、思い人を追い求めざるをえない、哀れさと儚さに惹かれるんじゃないか!」
夜な夜な口裂け女と死闘を繰りひろげている身としては「はあ?どこが?」だ。
というか、ふだん接していると、つい忘れてしまうとはいえ、ユキオは盲目に近い弱視。
サングラスを通したその目に、彼女がどう見えているのか。
「別世界を覗いているようなユキオの心の境地に、凡人の俺は到達できないな」と早早、考えるのを諦め、まだまだ熱弁をするうのを聞き流しながら、漠然と先ゆきの不安を覚える。
が、頭をふって「今日は土曜で半ドンだし」と気を引きしめなおして。
昼には下校するから、短い時間で情報収集とチロルチョコ収集をしないと。
「それにエンドー先生と話さないといけないし」といつもより重い肩かけ鞄を強くつかんだ。
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