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五日目・調査パート④
昼に下校することになったものを「俺、ちょっと用があるから」とミキオを見送り、弁当をもって歴史の準備室へ。
「やあ、待っていたよ」とエンドー先生にお茶をだしてもらい、二人肩を並べて弁当を食べてから本題にはいった。
肩かけ鞄から取りだしたのは、片平宗助の日記。
かさばるから、すべて持ってこられず三冊目と四冊目を。
二冊目までは、エンドー先生の資料と内容がさほど変わらなかったので、その部分はざっくり口頭で。
日記を読み、俺の話に耳をかたむけた先生はしばし考えこみ。
口を切ったなら「どこで、この日記を手にいれたの?」などと余計な詮索をしてこず「なるほどね」と。
「この日記の内容も、どれくらい信憑性があるか分からないけど・・・。
わたしが知っていたのは外部の人の一方的な話だけだったから、観月家内部の人の観点の情報となれば貴重な参考になる。
とくに愛人の子、玲二の印象は、まわりが熱病にかかったように誉めそやすのとちがって興味深いね。
まあ、秘書の高橋さん、わたしの親戚と親しくしていたというから、つい贔屓目で見ちゃうのかな。
ただ、この管理人は真実を曲げて自分の罪を隠したり、得をするようなことがないように思える。
噂を流布するのではなく、個人的な日記に綴っているだけみたいだし」
俺こそ参考になりそうな先生の見解を聞きいり、ただ「真実を曲げて云々」に引っかかる。
一息ついたようなのに「あの・・・」とおずおずと質問を。
「エンドー先生は地域の人が観月家のことを知らなかったり、限られた人が語るのを、もしかしたら隠ぺいするためか、有益だから・・・そういう、なにか思惑があって、していると考えているんですか?」
瞬きしてから「ほう」というように目を細め「そう、その可能性があると思えるから調査をしているの」と含みのある笑みを。
「ただ、真実を曲げるというか、妖怪や怪異のせいにするのと似ているかな。
殺人をしたとして『鬼の仕業だ!』って騒ぎたてるような」
「じゃあ、じゃあ・・・観月家を皆殺しにして玲二を食べた、口の裂けた男は『鬼の仕業だ!』と同じように濡れ衣を着せられていると?」
目を見張り、口をつぐむ先生。
「気が逸るあまり、口を滑らせたかな」と肝を冷やしつつ、これから対口裂け女で共闘するパートナーのこととなれば、できるだけ、白黒はっきりつけたくて。
「あ、えっと、でも、その男は、裂けた口が縫われて、女装をしていただけで人間だったんでしょ?
資料を読む限りは、狂人扱いされていたけど、物の怪や悪霊の類のようには書かれていなかったし。
もし、だれかが罪をなすりつけたとして、猟奇的人食い殺人犯としての汚名が後世にのこるような、そんな非道なこと、人が人にしますか?」
政治家に責任追及するような調子だったからか、先生は苦笑して「あいにく、非道なことを人は、ちょちょいのちょいと人にできるものなんだ」と肩をすくめた。
「でも」と身を乗りだす俺を、制止するように手をかざし、話しを続行。
「すこし流れは変わるけど、たとえば、原子爆弾が広島、長崎に落とされたじゃない?
ボタン一つで数えきれない人を殺したことは、どんな言い訳をしても許されないと、わたしは思う。
でもアメリカは『落とさなければ、戦争が終わらなかった』と正当化をした。
その言い訳が通じてしまい、だれも、どの国も異を唱えないで、あっけなく許されて、むしろ輝かしい功績となってしまった。
必要以上の過剰な人殺しが、悪行として裁かれることなく『戦争をやめなかった相手がわるい』と被害者のせいにされ、正義となる」
「人が人に実際、そんなことをしてしまった歴史があるの」と結ばれ、ぐうの音もでない。
「口裂け男は濡れ衣を着せられた説」を補強する説明というのに・・・。
俺が先生より、人生経験が足らず知識もあさく、その分、考えが至らないのは当りまえとはいえ「俺の頭って、お花畑なんだな」と気落ち。
うな垂れるのを、しげしげと眺めていたような先生は「勘ちがいなら、ごめんだけど」とかすかに笑いを含んで。
「もしかして、きみ、口の裂けた男になにか思いいれがあるの?」
「へ?」
「彼がスケープゴートにされた可能性があると知って、まえのめりで目を輝かせているように見えたから」
「資料を読んでも、べつに同情できるところはないし、またどうして肩いれを?」と呆れられただろうか。
口裂け女に呪われたのを告白したとはいえ、彼については、なんとなく伝えられず、問いつめられたくなかったので、だんまりを決めこみ、ご想像にお任せすることに。
重重、分かっている。
異性だらけの世界で、女性に不慣れな俺は男不足に陥っているに、どうしても数少ない同性の一人、口裂け男を「わるい子じゃないの!」と意地になって庇いたがる傾向にあるのは。
そのせいで判断を誤る危険があるのも心得ている。
それでも、やはり実際に接してみた彼が、人食いの猟奇的殺人犯に思えない。
自分の人を見る目を過信しているわけでないとはいえ、噂に聞いた印象と実際に会った印象が、まるで重ならないとなれば、心は揺れるだろう。
いちど噂では下衆の極みかのように悪者扱いされていた人と会ったら「別人?」と愕然とするほど親切だった、なんてことがあった。
あとになって噂を流した人の、個人的恨みがあってのデマと判明したもので。
だれしも主観的に人を評するから、聞くだけでは当てにならないし、といって自分だって主観で見なくはない。
結局のところ客観性百パーセントで、人が人の本質を見ぬくことは、ほとんど、できないのだと思う。
前世の父は云ったものだ。
「人の本性を見ぬけないのは当たりまえだから騙されたとして、恥じることはない。
逆に自分はなにがあっても騙されないと、驕るほうが危ないよ」
まだまだ人生の経験値不足な俺には、口裂け男の存在が善か悪か、見極められず。
一応、警戒をしているとはいえ、もし、最後の最後に裏切って、口裂け女と襲いかかってきたら防ぎようがない。
そうなったとして父が云うように「なんて俺は愚かで情けないのだろう!」と嘆かなくてもよかろう。
つい見落としがちだが、正論としては騙されるほうが悪なのではなく、騙すほうが悪なのだから。
まあ、つまりは、だ。
最終局面でとんだ手のひら返しをされたとして、俺が憎むべきは口裂け男ではなく、彼を糸で操った鬼畜ゲーム制作側ということ。
もとがホラーゲームと分かっている以上「プレーヤーがだまされて泣き叫ぶのを、ざまあと高笑いする制作側が諸悪の根源」と見なすのが当たりまえ。
どうせなら、そうして、とことん悪役に徹してもらい、最後がどうなろうと口裂け男に「この裏切り者!信じていたのに!」と叫ばせないでほしい。
それにしても、自分でも意固地になりすぎだと思う。
まわりが白けているのにかまわず、救いようのない外道な男を「わたしだけが、この人を分かってあげられるの!」と盲目的に庇いたてるような。
我ながら「洗脳されているみたいだな」と笑えるが、エンドー先生に「騙されているんじゃないの?」と茶化されたくはなかった。
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