五日目・暗転

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五日目・暗転

帰宅をして、一応「ただいま」と声をかけるも返事がないのはいつものこと。 ただ「だれかと戦っているのか?」と思うほどに、けたたましく家事をする物音がせず、人の気配もなく、電気もついていなく、家政婦さんは不在のよう。 帰ってきて彼女が家にいないのは初めてだな・・・。 首をひねりつつ、さほど気にしないで、とりあえず荷物を置いてこようと二階へ。 その途中の廊下で手紙が落ちているのを発見。 なぜか封が破られていたが、差出人はこの世界の俺の親。 「今まで放ったらかしにしておいて、どういう風の吹き回しだ?」と眉をしかめながら、便箋をとりだし目を走らせてみると。 印象とちがい、子供をほったらかしにする仕事人間ながら、血も涙もない親ではないらしい。 手紙には、おおまかにこう書かれていた。 『毎日、電話をしているのにでてもらえない。 手紙も送っているのに返事をくれないのは、どうしてだろうか? 仕事にかまける、わたしたちを憎んで許せなく思っているの? そうだとしたら心を入れかえて、あなたを第一に優先した生活を送ることにするから。 今はどうしても放りだせない仕事があるから、それを片づけたら、すぐに帰国して、あらためて話しあいましょう』 いやいや、電話も手紙も受けとった覚えありませんけど? といって「ごめんなさい」「ごめんなさい」とひたすら謝っての、便箋の隅から隅まで書かれた弁明が、ご機嫌とりのためのオベンチャラとも思えない。 そういえば、思い起こすに「家にいて電話のベルを聞いたことがないな」と。 家政婦さんが眉を吊り上げ、受話器に怒鳴りつけているのを見ただけで。 俺が手に取るまえに手紙が開封済みなことといい、薄気味わるさを覚える。 ただ、家政婦さんに手紙を突きつけ、問いただす暇はない。 追求したくても家にいないようで、所在が不明だし。 ついエンドー先生と話しこんでしまい、駄菓子屋にも寄ってきて今は三時半。 「蛍の光」が流れるまで、まだ時間があるとはいえ、今回は一日目より、さらに山奥く踏みこまなければならず、いろいろと下準備が。 対口裂け女だけでなく、対人、また対山への備えを。 そして、戦略的なルートを見つけ、考えられるだけの事態を想定して、対策に合わせた戦術の用意、アイテム選定をし、それら重要ポイントを地図やノートに書き書き。 ぞんなこんなで、気がつけば、窓に夕日が差し、もう五時。 今夜は長丁場になりそうだから「仮眠をとらないと」と最終的な身支度とチェックをしてベットイン。 夢にうつつに意識をさ迷わせ、うつらうつらしていたら、かすかに物音が。 家政婦さんがもどってきたのか?と思う一方で「昼からずっと不在だったのは、どうして?」と引っかかる。 気になりつつも、まどろみが心地よく、起きあがるのが億劫で瞼も開けることなく。 しばらくして、階下でなく、近くでドアの開く音が耳について。 「家政婦さん?」とまた呆けて思ったものを、次の瞬間、肩をびくりとし、目を見開いた。 常時不機嫌な家政婦とは、徹底してお互い不干渉だったし「俺の部屋は掃除しなくていいから」と伝えていたし。 部屋には、彼女がはいった形跡はなく、もちろん俺がいるときに入室したこともない。 「彼女じゃない!だれだ!」と跳ね起きたものの、時すでに遅し。 黒ずくめの男たちに襲われ、タオルで口をふさがれたなら、溺れるように意識を遠のかせた。 くそ、へたを打ってしまった・・・! 強制的に眠らされたとはいえ、頭の隅の一部だけ覚醒したままらしく、体は無感覚なれど思考はクリアとあって、そりゃあ後悔と反省しきり。 日ごろから家政婦に疑いの目をむけ、もっと警戒すべきだったと、悔いても悔やみきれない。 二日目に、お隣の国の工作活動の実態を知ったとき、だからといって同国出身だろう家政婦に偏見を持たないでおこうと優等生的思考したのが、大まちがい。 そのころは活動の一環で拉致にも手を染めていると、まだ知らなかったとはいえ、だ。 未来の事情通な俺には、その危険性もあると考えられたはず。 そもそも、はじめから「俺がいた未来はともかく、この時代に家政婦に外国人を雇っていたのか?」と違和感を覚えていたのだし。 あらためて振りかえると、なるほど家政婦という職業は拉致の手引きがしやすい。 その家庭の懐に深くはいりこめるし、家政婦として信頼を得らえれれば、家の内情や家族のプライベートを調べ放題だし。 つかんだ有益な情報を流したり、実行犯を招きいれることもできたり。 親がわき目もふらない仕事人間で、子供が放置されているような俺の家庭は、もともと狙い目だったのだろう。 さらに孤立させるため親からの電話や手紙を、子供が受けとれないようにすれば文句なし。 家で電話のベルが鳴らなかったのと、ほとんど手紙が届かなかったのは、そういった目的があっての、常時不機嫌な家政婦の仕業だったわけか。 ただ、今回の急襲は計画外だったのかも。 さっき廊下に落ちていた手紙の中身をあらため「はやく拉致を実行しないと、親が帰ってくる!」と焦ってのことか。 頭の深層であれこれ考えているうちに、薬が切れてきてか、表面的な意識ももどってきた。 目を開けると、そこは夕日の色に淡く染まる、うす暗い広い室内。 天井が高く、床にはガラクタばかり、埃っぽく空気がよどんでいるに未使用の倉庫っぽい。 冷たい床に倒れる俺は、うしろに手をひとまとめに縛られ、足首も同じように拘束。 体に痛みや軋みがないから、暴行はされていないようで、ただ、目眩と耳鳴りがひどい。 頭がかんがんするような、その症状がおさまってくると、ドアを隔てての怒声が聞こえるように。 やはり家政婦さんと同じお国柄の、独特なイントネーションの言葉だ。 まんまと騙され攫われたことを、あらためて実感し「くそ・・・!」と歯噛みしつつ、意味不明でも耳をかたむける。 すこしして、耳にきんきんする喚きあいが、ぱったりやんで、静かにドアの開く音がし、足音が近づいて。 棚のむこうから顔をだしたのは「よお、目覚めたか」と訛のない日本語を口にする男。 顔つきにしろ、あの国の人らしからず、ぱっちり二重お目目のソース顔で、格好も(この時代の)流行最先端のいけいけヒッピー風。 目を丸丸とし「そんな嘘だろ、まさか・・・!」と言葉を失くした。
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