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五日目・探索パート①
外国の工作活動を日本人が手伝っている!?
「隣の国に拉致された」と篠原さんが訴える、その母親と俺は同じ目にあったわけだが、まさか被害者でなく、加害者として日本人と会うことになるとは。
なんて顎が外れそうに口をあんぐりとしつつ、じつのところ、そう驚きはしなかった。
つい先日、ユキオから聞かされたもので。
乗客を人質にして飛行機をハイジャックし、お隣の国に飛んでいった日本人のテロ犯がいると。
「はあ!?なんで!?」とひどく理解しがたかったものの、いざ似た類の人物を目のまえにすると、やましそうでなく、わるびれもなく、にやついているあたり「こういう人間もいるのか」と飲まざるを得ない。
云いたいこと聞きたいことは山ほどあるなれど、今、騒ぎたて暴れても不利になるだけ。
奥歯を噛みしめ、せめて睨みつければ「へえ」と鼻を鳴らした。
「自分の身になにが起きたのか、おおかた把握しているうえで、ぎゃあぎゃあ俺を責めたてたり、泣いて慈悲を乞わないんだな。
あいつの調べでは、とくに身内に失踪者がいたり、キョ―サンシュギに反するイデオロギーをもつ人間はいなかったはずだが・・・まあいい」
二日目につづき「キョ―サンシュギか・・・」とげんなり。
つい眉間に皺を寄せたら、どう受けとったのか、不敵に笑ったまま「彼は何者かな?」と思いがけない問い。
「さっきドア越しにやかましかったのを聞いたろ?
あれは主に俺が、とり乱してへまをした部下らを叱りつけていたんだ。
やつらが云うには、きみを家からつれだし、車に乗せようとしたら、門のそばに白いワンピースを着た醜い顔の男が立っていたと。
で、どうも、きみを目にしたとたん無言で襲いかかってきた。
二人がそいつを押さえて、のこったやつがきみを車に乗せて、どうにか走りだしたんだけどね。
追いつくはずがないのに、しつこく、うしろを走ってきたらしい。
巨体にして女装、しかも不格好な化粧をして、マスクをした、俺らよりもよほどの不審者。
異様な容貌をしていたうえ、寒気がするような凄みがあったから、車で遠ざかっても部下たちは不安でたまらなかったらしい。
あいつら、すっかり怯えちゃって、今やこんなところに足止めを食らうしまつだ。
『あれは口裂け女の兄弟だ』とか戯言をぬかすしさ。
口裂け女の噂を自分たちで煽って、それを隠れ蓑に人を攫っているていうのにな。
都市伝説を利用しておいて、今更、罰当たりだとか、祟られるとか、泣きわめいてどうするんって話だよ」
内情をべらべらと垂れ流すのは、俺を侮ってなのか、この男が迂闊なおしゃべりだからか。
正直、口裂け男がいて(ちょうど、蛍の光が流れ終わったころなのだろう)追いかけてきたと知り、いろいろ思うところがあったとはいえ、あまり表情にださず、だんまり。
真実を告げても笑いとばされるのが目に見えているし「キョ―サンシュギに反する思想の仲間がいる」と変に誤解されたくもない。
対して相手もしばし口をつぐみ、しげしげと俺を観察。
どうやら、あえて、あけすけに内情を明かして、どう反応するか窺ったよう。
「口裂け女の仮装をした男の正体は?」「自分たちの活動の障害となる存在なのか?」その危険度をはかるために。
正体については説明がつかないし、彼の思考や行動については、まだ知りあって二日の俺だって予測不能。
そもそも隠せるほどの情報もなく、頑なに黙秘をする必要もなかったのだが、さいわい男は察してくれたらしい。
「あと、もうすこしで出発するからな。
暴れたり叫んだり逃げようとしたり、俺たちの手を煩わさなければ、危害を加えない」
へらへらしていたのを真顔にもどし、そっけなく去っていった。
無闇やたら疑い深く「すべて吐け!」と力に物をいわすタイプでなくてよかったと、緊張がとけて、すこしちびる。
毅然としていたようで「拷問されるのでは・・・」と気が気でなかったから。
といって「さすがに俺が日本人で子供だから手加減したのだろう」とは考えない。
そんな人並みの情があるなら、そも、外国の工作員にならないだろうし。
俺を詰問しなかったのは、女装した男の正体にこだわるより、計画が狂ったのに早く対処するのを優先すべきと、判断しただけと思う。
「足止めを食らう」と男は口にしたし、頭上の小窓から日が差しこむ具合からして、ここは山奥の木々に囲まれた秘密の拠点ではなさそう。
さっき男が、かすかに貧乏揺すりをしていたのにしろ「山に行くどころか、まだ町からでられてさえもなく、やきもきしているのでは?」と推測できる。
だとしたら、町にとどまっているだろう今のうちに脱出すべし。
山の拠点につれていかれては、きっとゲームオーバーだ。
「拉致被害者(その多くは未来でも帰国していない)」になるか否かの瀬戸際で、生きた心地がしたかったとはいえ、できるだけ頭を巡らせ、とりあえずの目標を見いだす。
「未成年を国際的犯罪に巻きこむ鬼畜ゲーム制作側めえええ!覚えていろよおおお!」と燃え盛る殺意を、一旦、飲みこんで。
はじめはゲームと無関係な不測の事態に陥ったかと思ったが・・・。
外国人の家政婦が家にいること自体、不自然だったわけで、初期段階のフラグだったと考えると、むかつくことに筋が通る。
とはいえ、だ。
ここは、セーブアンドロードができない現実的な世界。
外国の誘拐犯から逃れられなければ人生一発終了。
日本人が日本人を攫って、生き地獄に連行するのと比べれば、いっそその場で食べて、終わらせてくれる口裂け女のほうが慈悲があるように思えてくる。
「やっぱり生きた人のほうが怖い」とつくづく痛感させられ、狂ったように号泣してのたうち回って、おしっこをだだ漏れにしたいところ。
いや、鬼畜ゲーム制作側への恨みつらみを原動力にするんだ!
と己を奮いたたせて、ゲームなら、ないはずのない脱出口を探す。
案外、すぐに見つかり、俺が倒れる頭上に小窓が。
がらくたの山には、小窓に届く梯子があるし、厚いマットもあって、跳びおりるときのクッションになりそう。
さて、次は手足が拘束されているのを、どうしたものか。
三角座りをしたまま、尻を床に擦りつけてすすみ、室内を探るも、紐を切れそうなものはゼロ。
「アイテムをだしおしみしやがって!下劣ゲーム制作側ああああああ!」と血の涙を流しかけ、ふと手に固いものがあたり、はっとする。
ズボンのポケットにいれていた緑の石だ。
精神病棟の、口裂け男こと涼陽の石碑のそばにあった。
角が鋭利だから、もしかしたら・・・!
石を取りだし、いちばん尖っているところを上に向け、紐に擦りつけたところ。
古く痛んだ紐だったらしく、すこし切りこみをいれただけで繊維がばらばらになり、千切れた。
足の拘束も同じようにして、紐から解放され、すこし体をほぐしてから、早速、脱出準備を。
紐を切るものを探しに、けっこう手間取ったので急がないと。
そそくさと小窓のある壁に梯子をかけて、マットを抱えながらのぼっていく。
開錠した小窓はすんなりと開き、顔を覗かせると、思ったとおり町中で、その景色に見覚えもある。
ゴーストタウンの一角だ。
見知らぬ土地でないのに胸を撫でおろし、また小窓の近くにブロック塀があって、ほっとする。
マットをクッションにするつもりだったのは、二階分の高さがあるに、跳びおりて骨折をする危険があったからで。
ブロック塀を中継して降りれそうとはいえ、そのあとどうするか。
そう考えながら周囲の確認をしていたところ、ドアの開く音し、一瞬やんだ足音が、にわかに荒荒しいものになって。
ぎくりとして、つい振りかえれば、さっきの男が視界にはいりこんで、ばっちりと目があった。
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