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第5話 失踪直前の謎
翌日、チェティは、ネフェルカプタハとの待ち合わせの場所に行く前に、兵舎にいるはずの次兄、ペンタウェレの元を訪ねた。
チェティより六つ年上のペンタウェレも、実家ではなく兵士用の宿舎のほうに寝泊まりしている。州政府関連の建物はすべて近くにまとまっていて、役所と兵士の詰め所とは通りを一本隔てた隣同士だから、朝のうちにちょっと訪ねるのも簡単だ。
ペンタウェレの今の担当は「治安維持部隊」、州境界を警備する執政官直下の部隊だ。実戦経験のあるペンタウェレが隊長を務めている手前、一応、”精鋭”ということになっている。
少し前までは、下流の第二州との境界で城壁づくりの警備をしていたが、それもあらかた終わって、今は街に戻って来ているはずだった。
聞いてみると、ペンタウェレのことを知っている兵士は、すぐに見つかった。
「治安維持部隊のペンタウェレさん? あー、戻って来てたのは見たな。おい、誰か知ってるか」
「さっき、裏の訓練場で朝練してたよ。呼んでくるかい」
「お願いします」
兵士たちは、役人がこんなところに訪ねて来ることを面白がっている様子でもあった。無理もない。州役人と州兵は、州に雇われているという共通点しかない。普段は、ほとんど接点が無いのだ。
州軍の兵士たちは、荒っぽいところもあるが、大抵は気の良い近隣出身の若者たちだ。常時雇用の州兵は地元出身者がほとんどで、臨時雇いの傭兵の多い遠征隊などと違い、身元ははっきりしている。
ただ、貧しい家柄や低い階級の出身の者が多く、礼儀作法や品位という意味では、あまり感心できないところも多い。同じ平民出身者でも、子供の頃から書記学校に通って上級書記や役人になったような階層とは、価値観や常識が合わないのが前提なのだ。それで、お互い距離を置いているようなところも感じられる。
そんな中、書記学校にまで通っていながら、途中で方向転換して兵士になって兵士たちとまともにやりとり出来ているペンタウェレなどは、珍しい経歴の持ち主なのだった。
呼び出されたペンタウェレは、ほどなくして、弓を手に汗を拭いながら兵舎の入り口に姿を表した。
「どうした、チェティ。こんな朝っぱらから」
「兄さんのほうこそ、朝から訓練ですか?」
「涼しい季節はやりやすいんだよ。あと、ちょっとな、気になることがあって」
そう言って、彼、ちらと手元の弓に視線をやった。
「気になること?」
「この弓の具合が、どうも思ってたのと違ってな…まあ、こんど機会があったら話す。」
「…?」
兄が手にしている湾曲した弓は、チェティからすれば、形が珍しいくらいで、何の変哲もない有り触れた品にしか見えない。
「それで、お前のほうの用事は?」
「あ、そうでした。実は、少し厄介ごとが起きていて…。」
促されて、チェティは、ここへ来た目的を話しだした。
昨日、父に説明したのと同じ内容だ。
心中として処理された男女の水死体。納得していない息子。大神殿に出された訴え。
調査が完了したことになっている役所の記録。それを、一体誰がどんな根拠で判断したのかが分からなくなっていること――。
聞き終えた頃には、ペンタウェレの汗も、朝の冷たい空気の中で程よく引いている。
「なるほど。それで、オレんとこに聞きに来たってわけか。まあ、確かに州軍統括の連中も、ここに居る。けど、オレの今の部隊は執政官どのの直下で関わり合いが無い、街の警邏隊の方に所属してたのは一瞬だけだったから、全員の顔を覚えてるわけじゃない」
「うん。だから、もし分かったらでいいです。」
「探すのは、統括関連の役人か書記で、口ひげがあって、歓楽街にしょっちゅう行ってそうな奴――だな?」
「はい」
「手がかりが少なすぎるな。他に何か、分かってることは」
「名前は、イシとか、イニとか、イリとか、そういう感じだったらしいです」
「なるほど。…うん。それらしい奴は探しておく」
「すいません。お願いします」
ペンタウェレに頼み事を終えたあと、チェティは、ほんの一瞬だけ本来の職場である役所に顔を出したあと、その足でメンフィスの中心街へと向かった。
仕事はサボっているようなものだが、誰にも咎められることはない。この季節は役所にいてもほとんど仕事がなく、皆、時間を持て余して別のことをやっているからだ。
収穫期で忙しくなる前の、ちょっとした小休止の時期。書類の整理でもするか、筆写の練習をしているか。それとも、農民たちと同じく副業に手を出すか。
農閑期は、農作物担当の税収役人にとっても、暇な季節なのだった。
ネフェルカプタハとは、大神殿の書庫の中で待ち合わせていた。朝の肌寒い時間に外で待ち合わせしたら、また、震えながらやって来ることになるだろうと思ったからだ。
建物の中なら少しはマシだと思ったのだが、寒がりのネフェルカプタハは、相変わらず震えて、肩に一枚、余分に亜麻布を被っていた。
「うーす…んじゃ、行くかあ…」
「大丈夫? そんなに寒いかなあ、今朝」
「昨日よりはマシだ。歩けば暖まる。多分。」
言いながら、彼は書庫の外に向かって歩き出した。「行こうぜ」
今日の行き先は、昨日、チェティが門前払いを食らった「三羽の雁」亭の隣の宿だ。確か、大なまずの絵が描かれていた。
まずは、事情を知っていそうな隣の宿の人たちに話しを聞きたい。そのために、ネフェルカプタハに一緒に来てもらうのだ。
宿屋通りへは、大神殿の奥の船着き場から向かうのが一番近い。
船着き場に通じる大神殿の裏門から外に出ると、高い外周壁に遮られていた東からの光が体を包みこんだ。低い位置にある太陽の輝きは、川面を眩しく照らし出している。
「あー、やっぱ光があるとあったけぇなあ」
ネフェルカプタハは、はや上機嫌で、明るい表情に変わっている。
薄暗い神殿を出たとたん元気になるとは、冥界神に仕える神官とは思えない態度だ。
だが、誰だって、この季節は太陽が恋しいはずなのだ。…逆に夏は、暑すぎて敬遠してしまうのだが。
神殿の船着き場を通り抜け、宿の連なる宿場街へ向かう。
川の水位が下がり、使える港は、街の川べりにある堤防よりずいぶん先の方まで遠のいている。そのぶん川幅も狭くなり、大型船の航行はほとんど出来ない。ただし、葦を編んで作った庶民の小舟などは、ちょっとした浅瀬でも、すいすい漕ぎまわっていた。
「今日は、なんだか小舟の数が多いな」
チェティが呟くと、ネフェルカプタハは、当たり前だと言わんばかりに答えた。
「市の立つ日だろ? だからだよ」
「あ、そうか」
市、というのは、農地の間に点在する小さな街や村から人とモノが集まって開かれる、物々交換会のことだ。毎月のはじめの日に、その地域でいちばん大きな都市で開催されるのが普通で、この辺りでいちばん大きな都市といえばメンフィスだから、メンフィス近郊の人々は、みな、この街へ集まってくる。
お祭りの時と違って、やって来るのは地元民ばかりだ。出店に並べられる品も、家畜や衣類、細々とした日用品や食料品など、安価なものが多い。農閑期を利用して内職で作られた履物や織物などは、専門の職人たちが作るものより品質は劣るが、価格が手頃で求めやすいので、庶民には人気がある。
チェティの家でも、毎月、母が市の日を楽しみにしている。きっと今日も、メリトやイウネトを引き連れて、何か掘り出し物はないかと出かけているはずなのだった。
だが、人は多くても、集まってくるのは日帰りする近隣の人たちばかり。宿に泊っていく客はほとんど居ない。
今日も宿場通りは静かなもので、客引きの声も聞こえてこない。
「で? 問題の宿って、どれなんだ」
「奥の方だよ。倉庫街に繋がる小道の手前だ。川岸がちょっと抉れてるところ…あ、ほら。そこだ」
チェティは、入り口の閉ざされた宿を指さした。昨日と同じで、表側の扉は鍵代わりの縄で括られている。。
「ふーん…ここかあ。隣は、一件だけなんだな」
「うん。そうなんだ」
お隣さんと呼べるのは、入り口に向かって左手側の一件だけで、右手側には建物はない。昔はあったのかもしれないが、今は、そこの岸辺が大きくえぐられて、崩れ落ちているのだ。
おそらくは、川から来る水の流れによって、脆い土が削られた結果なのだろう。その、えぐれたところを開けて、少し先に別の宿。そこから、通りに沿って更に何軒もの宿が連なっている。
宿場通りの反対側は、大人の背丈ほどの堤防がある。メンフィスの街の川沿いには、水位が上がった時のための堤防が、日干しレンガと粘土とで作られているのだ。
この通りの宿は、その堤防の外側に張り出すようにして作られている。つまり、川に直接出られる代わり、水位が予想以上に上がるような年には、水浸しになってしまう場所にある。堤防の向こう側は倉庫街になっていて、堤防の切れ目から入るか、堤防にはしごをかけて乗り越えていく。税関があるのも、その堤防の向こう側、倉庫街と同じ並びのはずだった。
「裏側が川ってことは、この宿、裏口もありそうだよな」
と、ネフェルカプタハ。
えぐれて空き地になっているところからは、「三羽の雁」亭のすぐ裏側に作られている、小さな桟橋のようなものが見えている。
「確かに。桟橋から直接、宿に入れる構造みたいだね」
「そっちの扉は開いてたりしないのか?」
「え、…うーん。どうだろう、開いてたとしても、勝手に入るのはどうかな。中に誰もいなかったら空き巣になっちゃうし」
「ま、そうだよな。んじゃ、隣に行ってみっか」
彼はあっさりと不穏な考えを捨てて、素直に、隣の大なまずの絵が描かれているほうの宿へと向かった。
昨日見かけた老婆は、今日は、入り口の前には見えない。中にいるのだろうか。
「ごめんください」
声をかけて中に入っていくと、入ってすぐのところの番台に、いた。
「はいよ、いらっしゃ――」
言いかけた老婆は、チェティの顔を見るなり、すぐさま不機嫌そうになった。
「なんだい。昨日のお役人じゃないか。まだ、何か用事があるのかい」
初っ端から、つっけんどんな口調だ。
「ええっと…その、お隣さんについて、話を聞かせて貰いたくて…。」
「悪いなー、こいつ、俺の連れなんだわ。」
「へっ?」
後ろから現れたネフェルカプタハの僧衣を見て、とたんに、老婆の表情が変わった。メンフィスの街では、主神プタハの神官は、住民から一定の敬意を受けている。たとえ職人で無かったとしても、だ。
「あら、いやだ。神官さんじゃないのさ。なんだい? お役人と神官さんがつるんで――その。お隣さんに、一体、何の用事なんですか」
効果はてきめんだった。老婆の態度が軟化して、話を聞かせてくれそうな雰囲気になっている。
「お隣の心中事件、息子のホルアンクが異議を唱えて、大神殿のほうに何とかしてくれって訴え出て来たんだけどさ。こっちの法廷じゃあ、殺人だの心中だのは扱ってねぇんだよ。とはいえ放置するわけにもいかねえから、とりあえず話だけでも聞かせてもらおうと思って来たんだが」
「あ、ああ…そういうことだったんだね。確かに、そうだよ。心中なんておかしいよねえ、って、アタシらも思ってたところで」
老婆は低姿勢ながら、ちらちらとチェティのほうを見やっている。
「けど、ただの心中だって結論を出したのは、お役所だろう? 何でまた、役人なんて連れて――」
「あー、こいつは、俺の幼馴染でさ。ちょいと付き合ってもらってるだけで、税関とは全然関係無い仕事してっから、安心してくれ。」
「なんだい。そりゃあ、申し訳ないことをしたね。アタシは、てっきり、あそこの連中かと」
(やっぱり、そういうことか)
チェティにも、昨日の老婆の冷たい態度の理由が見えてきた。
税関役人たちが横柄な態度を取るせいで、宿場通り周辺の住民たちは役人自体に反感を持っているのだと、ジェフティは言っていた。
そして、どうやらそれは、思っていた以上に深刻な事態のようだった。
「お隣のおかみさんと番頭さんっつぅのは、どんな人たちだったんだ。心中するはずがない、って息子の言い分は、正しいのか?」
ネフェルカプタハは、持ち前の気さくさで話を進めていく。こういう時、彼の不思議と人好きのする雰囲気や物腰は、羨ましい。
「そうだねぇ、仲良く仕事はやっていたが、恋仲かって言われると微妙だよ。サァトハトルがあの番頭を雇ったのは、確か、五年ほど前だったか…。旦那が死んで一年くらいしてからさ。数年前からは、お隣に住み込みになってたよ。まあ、毎日顔を合わせるもんなんだし、嫌いじゃあ無かったと思うんだけどね」
「ふーん…ってことは、ただの雇い主と雇われ人、っていうよりは親しい感じだったのか。家族みたいな?」
「そうだねぇ。だけど、二人とも良い年だよ? 息子だって、もう成人してる。そんな年で、惚れたはれたなんて、いちいち、気にしちゃいなかったよ。まあ、どっちも伴侶はいないんだ。サァトハトホルが再婚する気になったって、別に問題はないじゃないか」
「セネブイには、前妻とか、子供とかはいなかったのか」
「そんな話は聞いてないねえ。結婚した経験は無さそうだったよ」
「なら、確かに何も問題無さそうだな」
もしも家族がいた場合には、婚姻によって相続権が発生する可能性はあるが、そうでないなら揉める要素はない。それに、今回疑われているのは「心中」だ。男女が同時に死んでいたのだから、相続権絡みの問題は、考えにくかった。
「息子のホルアンクは、渡し船の船頭をやってて対岸の街に住んでるって聞いたんだが、あんまり戻ってこなかったのか」
「いいや。週に一度か二度は、仕事のついでに戻ってきてたよ。泊まっていくことは、ほとんど無かったがね。子供がまだ小さくて、嫁を一人にしておきたくない、って。大恋愛だったのさ。渡し船に乗ってるのだって、嫁さんを口説きに行くために選んだ仕事みたいなもんなんだよ」
「へぇー…対岸にいる好きな女のために、渡し船にねえ。そいつぁ、愛の女神ハトホルも満面の笑みだな」
「三匹の雁」亭の女主人サァトハトルは、ハトホル女神にあやかってつけられた名前のはずだ。息子が恋愛の末に家を継がずに出ていってしまったことにも、きっと、文句は言わなかったに違いない。
「ちなみに、ホルアンクが結婚したのは、いつなんだ」
「お隣の旦那が亡くなる一年前かね。だから、かれこれ六、七年は前になる。まだまだ元気だろうと思って家を出たら、とたんに倒れておっ死んじまってねえ。家に戻るか、どうするか悩んだらしいんだけど、結局、サァトハトルが番頭を雇うって話になって、そのまま船頭の仕事を続けたんだよ。」
「ほう、ほう。」
「だけど、最近じゃあ戻って来たそうだったんだよ。何だか、番頭が勝手に宿を切り盛りするのが気に入らないらしくって。…セネブイときたら、どういうつもりなんだか、あの嫌味な税関の連中にも、へこへこ媚びを売ってさ。ホルアンクは、”母さんはあいつを信用しすぎだ”とか、よく愚痴ってたもんだよ」
「けど、この通りで仕事するんなら、税関の連中とは巧くやれたほうがお得だろ? そういう、商売上の打算じゃねぇのか」
「だとしても、さ。限度ってもんがあるよ」
老婆は、ふんと鼻を鳴らす。
「うちは、賄賂なんかは古い豆一袋だって渡しゃしないよ。なのに、役人の口利きで固定客をつけるだなんて」
「…ん? 口利きで?」
ネフェルカプタハとチェティは、顔を見合わせた。何気なく口にされたそれは、重要な情報だった。
「口利き、ってことは、賄賂を渡して上客を紹介して貰ってたってことですか」
「そうだよ、奥の部屋、一列ぜんぶ固定客に期間貸しだって聞いたよ。ホルアンクは、何でそんなの許可したんだって、サァトハトルに文句を言ってたね」
「番頭のセネブイが、率先して役人と話をつけたってことか」
「そうさ。まったく、気に入らないよ。あの威張りくさった税関役人どもときたら、態度は横柄だし、言いがかりをつけて余計な税をむしり取ろうとしてくるし、何かにつけてアタシらを使用人みたいに扱うんだ。そんな奴らに媚びてまで、売上げを上げたいなんて思わないね」
「それは、…すいませんでした。」
まるで自分のことを叱られているような気分になって、チェティは、思わず謝った。
「ああ、いいんだよ、あんたはさ。あの連中とは違うんだから。それより、ホルアンクに会いたいんだろう?」
「はい。いつ、戻って来るでしょうか」
「市の立つ日だし、今日あたり寄るとは思うんだよ。まだ色々、片付いちゃいないこともあるはずだし」
「それじゃあ、伝言をお願い出来ますか。大神殿に出された訴訟の件で話をしたいから、戻ってきたら連絡が欲しいと。」
「神官のカプタハを呼び出してくれ、っつっといてくれねぇか」
「はいよ、カプタハ様ね。覚えておくよ」
「あとは、――そうだ」
はっとして、チェティは、まだ聞いていないことに気がついた。
宿の女主人が姿を消した時期と、息子のホルアンクがそれに気づいたのがいつだったかということだ。
「確かホルアンクさんは、お母さんが居なくなってることに、しばらく気がついてなかったんですよね? 死んだって知ったのは、死体が見つかってからだそうですが。あなたは、お隣が無人になってることを知ってたんですか」
「ああ。出かける時に、うちに、声をかけていったからね」
と、老婆。
「この時期は、旅人も商売人もほとんど来なくて、宿はどこも閑古鳥だろう? 今日は閉めて出かけてくる、って。そのまんま、戻って来なかったんだけどさ」
出かける前に、わざわざお隣さんに声を掛ける――それは、これから心中に行く人間のすることではない。
「どこに行くとか、いつまで不在にするとかは言わなかったんですか。」
「聞いてないねえ。」
「その時、様子がおかしかったとか、気付いたことは?」
「強いていえば、やけに急いでいるみたいだったね。てっきり、孫か息子が病気にでもなったのかと思ってたんだけど。」
「普通なら、留守にする時は番頭に任せるだけじゃねぇか?」
ネフェルカプタハが、横から口を挟む。
「そん時、セネブイはどうしてたんだ。一緒に出かけてたのか」
「そういやあ、サァトハトルが出かける何日か前から見かけなかったねえ。」
「えっ、二人一緒に居なくなったわけじゃなかったんですか」
「うーん…。そう言われれば、確かにそうだねえ…。」
老婆の記憶は曖昧で、はっきりしない。
だが、もし言っていることが正しければ、心中したことになっている二人は、同時に失踪したわけではなく、先にセネブイが、そして次にサァトハトルのほうが、姿を消したらしい。しかもサァトハトルのほうは、留守にすることをお隣さんに告げてから。
――何かがおかしい。
(これは、本当に心中じゃないのか…?)
チェティは、胸に引っかかりを覚えながら口を閉ざした。まだ形になっていない、しっくり来ない、もやもやしたもの。
もしも心中でないのだとしたら、真相は一体、どこにある?
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