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「クイズ形式のショートホラーってありますよね」
カウンターに座った常連客の一人、石倉が唐突に話を切り出した。
「意味が分かると怖い話、みたいなやつですか?」
二つ離れた席に座った、これも常連の森下が興味を示す。
「ああ、あれも確かにそうですね。そう考えてみると、大半が意味怖系になってくるんでしょうけど、とにかく謎に対する答えを色々考えた挙げ句に明かされる解答、というかオチのインパクトが強い怪談は面白いですね」
「また何か、仕入れてこられたんですか?」
カウンターの中の鳥飼がにやにやしながら石倉の顔を見る。
「まあ、仕入れたと言っていいのか……実はオチまで教えてもらっていないんですけどね」
「どんな話ですか?」
森下が先を急かす。
「ええ。どうも中途半端な話なんですけれどね。ある家庭に小学校低学年くらいの男の子がいる。とても、性格の良い、素直で優しい子なんです。いつもパパやママの言う事も良く聞くし、学校の先生の評判も良い。そしてとても家族思いで、同居の寝たきりのお婆ちゃんの面倒も率先してみるような子なんです。で、その子は優しい性格もあって動物も大好きで、ペットにハムスターを飼っていました。いつもとても大事に面倒を見ていたんですが、ある日、その子が突然そのハムスターを殺してしまったんです」
「なんでだろう?」
森下がストレートな疑問を口に出す。
「まさにそこが、今回のお話しの要点でしてね。本人は、親が何度問い詰めても、理由を言わない。ただ、ハムスターのことは嫌いになったわけじゃなく、今でも大好きだと言ってるそうです。未だに両親もわけが分からないそうです」
「要は、その子供の動機を考えろ、ということですね」
鳥飼が要領よくまとめる。
「そうなんです。実は、これは私の知人から聞いた話なんです。つまりは、子供が、可愛がっていたハムスターを殺してしまった。その動機がわからないという、言ってしまえばそれだけのストーリーなんですけどね。一応実話らしいです」
「与えられた情報を色々考察して、オチを自分で考える、というパターンですね……じゃあ、例えば、こんなのは?その子は生まれたころからずっと”いい子”として育てられてきた。子供なりにみんなの期待に応えようと一生懸命生きてきたが、それは同時に、とても心理的に大きな負担がかかる生き方ですよね。そんな毎日に耐えられなくなった子供は、ある日暴発し、発作的に”悪い子”になってしまった」
「なるほど。いかにも現代的な感じの結末ですね。すごくリアリティを感じます」
鳥飼が素早くフォローする。
「なるほどですね……」
一方、石倉の方の反応は、今一つといった感じである。
「まあ、いかにもリアルでありそうな話だから、”怪談”としては面白くなかったですね」
森下が、苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、こういうのはどうでしょうか。その子はそのハムスターをとても可愛がっていた。でも、ある日、彼はあることに気づいてしまうのです。つまり、ハムスターは自分より早く死ぬという冷徹な現実です。いつかお別れの時は絶対にやってくる。可愛がっていたハムスターも年をとって、段々に弱っていく。そして、ある日最期の時を迎える。つついても動かない身体はだんだん冷たくなっていく。そういう情景を想像するだけで、子供は耐えられなくなってしまった。そして、そんな情景をこの目で見る前に、元気な可愛い姿のうちに死んでほしいと思って、自分の手で殺めてしまった」
鳥飼の説は、森下の興味を惹いたようだった。
「なるほど、少し心理的な複雑さが加味された感じですね。テーマは動機の解明ですから、なんか、こう、屈折した感じの思考過程があると、それらしい感じになりますね」
「屈折ですか……なるほど」
石倉は、相変わらずピンとこない、といった表情を浮かべたまま水割りを飲んでいる。
「ただ、私の説も、結局歪んだ心理みたいな話ですから、やっぱり”いかにもリアルでありそうな現代的なお話し”って感じになっちゃいますね。もうちょっと、”怪談っぽさ”が欠けてますかね」
鳥飼も頭をかく。
「なるほど、怪談っぽさねえ。そう言えば、その子のお家には寝たきりのお婆さんがいたんでしたよね。それを忘れてた。こんなのは如何でしょう。その子は家族思いで、そのお婆ちゃんのことも大好きだった。でも、そのお婆ちゃんは長いこと寝たきりで、もういよいよお迎えが近くなってきた。お婆ちゃんとお別れするのはどうしてもいやだ。そんな時、その子は、あるオカルトめいた話を聞きこんでくる。お婆ちゃんの命を延ばす儀式が存在する、というわけです。ただ、そのためには自分の大切ものを捧げなければならない。つまり、生贄ということですね。その子は悩みに悩んだ挙句、お婆ちゃんの命が延びるなら、と自分が大切にしていたハムスターの命を捧げることにして、自ら殺してしまった。両親からは、どんなに訊かれても本当の動機は言わなかった。そんな話をしても信じてもらえるわけないし、さらに怒られることになるのは目に見えているから……というのはどうでしょう」
「ああ、なるほど。それは面白いですね」
森下の新説に、石倉は大きく頷いた。
「確かに、お婆ちゃんの存在は忘れてましたね」
鳥飼も納得したような顔をしている。
「なるほど、これなら家族思いという性格も強調されて、そしてオカルト的な雰囲気もある。面白いですね。なるほど」
話の内容をあらためて噛み締めるように、石倉は何度も頷いていた。
その翌日。夕飯の後、石倉は息子の涼太の部屋にいた。
幼い頃からずっといい子で育ってきた涼太が、二日ほど前に行った衝撃的な行動について、あらためて諭すためである。
「ハム助を殺したのは、生贄にするためだったんだろう?」
「……」
努めて穏やかに話しかける石倉の言葉に、涼太は黙って俯いている。
「……そうなんだな?」
涼太は黙って微かに頷いた。
「それはお婆ちゃんに長生きしてほしかったからなんだろう?」
またもや、涼太は黙って頷いた。沈黙は肯定を意味している。
「わかった。リョウがお婆ちゃん思いだっていうのは、とてもいいことだよ。でもね、こんなことをして寿命を延ばしてあげても、お婆ちゃんは悲しむだけだ。だから、もう、こんなことしちゃだめだぞ」
「うん、ごめんなさい」
「じゃあ、庭のお墓で手を合わせて、ちゃんとハム助に謝るんだぞ」
「はい」
「あと、このことはお婆ちゃんには絶対言っちゃだめだよ。リョウがそんなことしたって聞いたら、お婆ちゃん、すごく悲しんじゃうからな」
「うん、絶対言わない」
その夜遅く、涼太が寝た後、石倉は妻の玲子に事情を話した。但し、涼太の動機の解明については、バーで他の客に考えてもらったアイディアだとは流石に言えず、あたかも自分で思いついたかのように、話していた。
「要は、おばあちゃんを延命させるために生贄を捧げたってことなのね」
「まあ、リョウなりにお婆ちゃんのことを一生懸命考えた結果ではあったんだろう」
「それにしても生贄なんて、趣味悪いわね」
「でも、子供ってそういう話が大好きなんだよな。呪いや祟りに関わる話って、学校でよく話題になるじゃないか。俺たちの子供の時もそうだっただろ」
「それはそうね。確かにそういう話って、子供は好きよね。リョウもそういう話を学校で仕入れてきたのかもね」
「そして、たまたまリョウはお婆ちゃんへの想いが強すぎたんで、実行に移してしまったってことだ。あの子が家族思いで純粋なのはいいんだが、こういうやり方は間違っているということは、今のうちに徹底しておかないとな。間違ったまま成長すると、後々まずいことになる」
「確かにそうね。暫くリョウの言動に注意しといたほうがいいわね」
「うん。子供のおまじないと言えば、それまでだが、万が一ということもあるしね」
「……万が一?」
「うん、いや、まあ、やっぱり生贄なんて良くないよ。とにかく、命の大切さをきちんと教えこんで、二度と繰り返さないようにさせなきゃな」
「それはそうよね。本当、今回はびっくりしたわ」
まったくだ。あのババア、折角あともう一歩のところまで来てるのに、万が一延命なんかされたら、かなわん。
[了]
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