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 ガラス戸を叩くと、中からエリカが顔を出した。  シュトラウスの来訪に驚いた彼女は、どことなく挙動不審な態で「いつからいらしたの?」と何度となくシュトラウスに尋ねた。おそらく話が漏れていないかどうかを心配しているのだろう。  さも何事もなかったかのように、シュトラウスは今やってきましたという態で友人の笑顔を貼り付け、「今来たんだ。ミズキが電池切れになっているよ」と伝えると、エリカはうたた寝をしているミズキを受け取って「ごめんなさい」と頭を下げた。 「この子、疲れると抱っこをせがんで、そのまま寝ちゃうんです。もうすぐ5歳になるのに、まだ赤ん坊みたいで……重かったでしょう?」 「いや、ミズキくらいなら片手で十分だ」  ハイネも奥から出てきた。シュトラウスから果物の入った紙袋を受け取って「いつもありがとう」と礼を言う。ここまではいつもの風景だ。 「エル、寒かっただろう。コーヒーでも飲んでいかないか」 「いや、私はもう帰る」 「ミズキにカーディガンを貸してくれて……冷えてしまっただろう? 君が風邪をひいてしまうぞ」 「私はそう簡単に風邪をひかないから大丈夫だ」  上がって行けというハイネを手で制し、シュトラウスは背を向けた。  表向き、二人の態度はいつもと変わりないが、エリカは気取られぬよう探りを入れてくるし、ハイネはハイネでシュトラウスからわずかに視線を逸らしている。 (あの二人に疑われたか?)  シュトラウスが疑われたのか、それともミズキをめぐる残酷な相談に気持ちが不安に揺れているのか。  どちらにしろ、シュトラウスの聞いた話が本当であるなら、早急にミズキかエリカに、もしくは双方に何らかの処置がされるはずだ。  それまでにハイネを何とか説得しなくては、ミズキが大人のプロパガンダの道具にされてしまう。  時間の余裕はない。行動を一刻も早く起こす必要があった。 ++++  翌日、シュトラウスはまた地下室でラムジに抱かれていた。  今日の彼はどういうことか大変に機嫌がいい。その上饒舌でもあった。性欲と相まってとどまるところを知らず、シュトラウスの中に何度吐き出したかわからない。  だが困ったことに、彼は機嫌がいいと道具や薬をシュトラウスに使いだすので、シュトラウスは意識をしっかり保っていなくてはならなかった。  首には金属製の細いリードのついた赤い皮の首輪が巻かれ、その先をラムジが持っている。乳首には小さな薔薇の花を模った装飾のピアスをつけられていた。彼はシュトラウスにあれこれ装飾をつけたがるが、それはいつも身体的に傷と痛みを伴うものが多かった。  彼の機嫌の高気圧を強めているのは、昨今話題の新兵器「クリスタライズ」のことだ。 「エル、ついにあれのデモンストレーションが始まるぞ」 「あれ……とは?」 「クリスタライズに決まっているだろう」  とっくに知っていると心の中で吐き捨て、シュトラウスは「そうなんですか」と無知の振りをする。とりあえず今日のラムジにはどんどん口を滑らせてもらわなければならない。  情報と引き換えに、シュトラウスの身体には歪な花びらが全身に刻まれている。内股の性器近くにまで口付けられ、ラムジの独占欲の強さを物語る。気持ち悪くて仕方ないがこれも仕事、割り切るしかない。 「ラムジ様、クリスタライズのデモンストレーションとはどのように行うのですか?」 「準備がいるらしいから、少し先の話だがな。エル、私の前に尻を突き出して床に這え」 「はい」  言われた通りに床にはうと、ラムジの手が背後からシュトラウス自身に伸び、ぐっと掴まれたかと思ったら、そのまま激しく扱かれる。 「あっ、あっ、んっんんっ」 「お前も今日は萎えることを知らないな」  触るからだバカがと思いつつ、快楽の波打ち際をシュトラウスは歩いていく。クリスタライズの話を、ハイネの話を聞くまで堕ちてなるものか。変に身体を弄られるより、さっさと突き入れられてしまった方がまだ意識を保てる。 「ら、ラムジ様……お尻にも欲しい……です」  息も絶え絶えに何とか後ろを向いて懇願すると、ラムジの手には何やら細いシリンジが握られている。その中に入っている黄色い液体を見て、シュトラウスの血の気が引いた。 (催淫剤なのか…?)  媚薬程度ならまだしも、本格的にヤバいものを持ち出してきている。  今日のラムジは一体どれだけ機嫌がいいんだ。機嫌がいいのも大概にして欲しい。  だが、上層部の中でも一番頭の悪いこの男でないと、詳しい話を聞き出せない。だが、頭の悪さにも程がある。   薬は適切に使うから薬なのであって、ラムジみたいなバカが得体の知れないものを使うのは、単なる毒薬だ。 (私を壊す気か……)  シュトラウスの全身が戦慄に震えるが、ラムジは「我慢できずに震えておねだりしてるのか」と歪な笑みを浮かべ、シリンジの先端をシュトラウスに尻に埋めた。  冷たい液体が尻から注ぎ込まれ、歯を食いしばって気持ち悪さに耐えていると何やら気分がぼうっとしてくる。 「あ、ああ……っ……ひ……」 「効いてきたか。ああ、いい顔をしているぞエル」  同時にラムジの肉杭がシュトラウスの窄まりにあてがわれ、そのまま彼が中へ侵入してくる。視界もゆらりゆらりとゆっくりと左右にぶれてくる。まるで自分が振り子の上に乗せられているようだ。  尻の中も何もかもが気持ち悪いのに、自分の中で猛るラムジだけはなぜか鮮明にわかる。  全身にゾワゾワと虫が這うような痺れの中に、シュトラウスの一番敏感なところを触れられると、電流を浴びせかけられるような刺激に全身を貫かれ、体が弓なりにしなる。  だがこの痛みすらも悦楽に変わる。飴と鞭。もっと欲しい。もっと自分をいじめてほしくなる。  これが脳を壊されるということなのか。  こんなものを断続的に与えられたら。……狂う! 「ら、ラム、じ、さまぁぁ……これ、ああっ……」  舌が上手く回らないどころか、噛んでしまいそうだ。 「おうおうエル、自ら腰を振るか。かわいいやつだな」 「止まらな、いんれスゥ……ああ、私、は……だめ、だめこれ……」 「たかだか1ミリ程度で、呂律も回らなくなってしまうのか。エル、気持ちいいのか」 「はい、はいぃ……これ、これ……」 「本当にお前はかわいいメスだ。……どれ」  ラムジの両手がシュトラウスの腰を掴んだかと思うと、激しく打擲される。ズンッと下腹に響くその圧倒的な重量と刺激に、シュトラウスは嬌声をあげた。 「ヒィぃん! あ、アグっ、ああああ!」  揺れる、堕ちる。意識と理性を剥がされて、自分がどこかへ連れ去られる。腐臭漂う澱み切った快楽の闇の出口は見えないまま。   もはや自分が何をしているのかわからない。妙な薬がもたらす幻惑と、ラムジに与えられる激しい抽送に、シュトラウスは息も絶え絶えになって腰を突き出していた。 「エル、あの所長はなかなかに肝が据わっているぞ。なんでも息子を実験台にするんだそうだ」 「ふ、え……?」  シュトラウスの意識がハイネの名前に肩叩きされ、頭がラムジの話題へと向く。 「は、いね……が?」 「息子に爆薬を埋めて、クラリスを攻撃しにいくんだそうだ。ははは、人の親のやることではないな! あの所長は狂ってるぞ!」  ラムジはリードを勢いよく引っ張った。首輪が皮膚に食い込んで苦しい。酸素を求める金魚のように呻きながら口を開けると、そのまま顎を掴まれる。 「俺も人のことは言えん。お前をこうして、いやらしい化生に作り変えて楽しんでいる。お前の意思など無視して、だ」 「……」 「苦しいか、辛いか、エル? だが……」 「あああっ!」  下腹にまた痛いほどの衝撃が走る。ラムジがまた後ろで激しく動き出した。硬さと熱を持った淫毒で、シュトラウスの脳を壊してゆく。シュトラウスの花茎も打擲に合わせて揺れ、先端からは透明な蜜をピュルリと吐き出しながら、床にシミを作っていた。  全身が痺れる。視界が残像付きでぼんやり揺れる。意識が白く塗りつぶされ、限界が近い。  今までにない。こんな感覚。下腹がゾワゾワとして、切なくも強い痺れがエコーのように繰り返して全身を痙攣させる。  意識がーー引き剥がされる! 「ふわ、あ、ああ、イく、イグっ! ああっ!」 「あの所長も、こんなことで獣みたいにメスイキするお前も大概だ。俺たちはみんな狂ってる、狂ってるんだ!」 「ふ、あっ、ああっ! アグ、ああああああ!」 「いい声で啼け、エル!」  シュトラウス自身が蜜を吐き出し、突き飛ばされるような尻への衝撃と同時に腹の中にジワリと広がる禁断の麻薬。シュトラウスの尻朶に密着しているラムジの肌や草叢の感触すら、果てしないセックスを欲する甘い刺激だ。 「はぐ、は、ヒグ、ああっ……!」  身体を痙攣させながらその余韻を味わっていると、急に髪を掴まれ、無理やり上を向かされる。ラムジの顔が……異形の何かに見える。 「だらしなく涎まで垂らして。白目を剥くほど良かったのか。エル?」 「ふぁい……よ、カッタ、です……」  「そうか」  もう何がなんだかわからない。自分で考えるより、人に答えを促されている方が楽だ。  ラムジはシュトラウスを床に投げ捨てるように髪から手を離した。  そのままシュトラウスの上半身は重力に逆らうことなく頽れて、硬い床に抱き止められる。それと同時にラムジはシュトラウスの腰を掴んで引き寄せる。彼の叢が尻朶との谷間をさわさわ触れてくすぐったいが、もう指一本すら動かすのが億劫だ。  意識は混濁し、体は疲弊しているのに、中で猛っているラムジの大きさだけはしっかり感じとれた。 「まだまだだ、今日はこんなものでは済まさないぞ」  ラムジは中に吐き出したまま、シュトラウスを緩く突き上げる。 「壊すぞ…エル」 ぷちゅぶちゅといやらしい水音をたて、シュトラウスの内股にとろりと流れる男の残滓を感じながら、シュトラウスは床に頭をつけ、なすがままに揺らされる。それは人間の理性を無くした獣の交合。 「は……あ、あんっ……ああっ」  歯根が合わず、もはや自分が何をされているのかも、自分が誰かもわからなくなる。  だがひとつだけ。  ハイネのことだけは……早急になんとかしないといけない。  ラムジまでこんなことを言い出している。ハイネは本気でミズキを殺すつもりだ。  あんな馬鹿ども(ラムジたち)に、ミズキが無惨に死ぬ様を見せてなるものか。 (ミズキ……)  淫らに身体を揺らされながら、白濁した意識の中に、シュトラウスに抱っこされて喜んでいたミズキの笑顔が浮かぶ。  ハイネを止めなければ。何がなんでも。  彼をーー沈黙させてでも。  ++++  どうにかラムジに解放された後、シュトラウスはふらふらしながら自宅へ戻った。 「気持ち悪い…………」  ラムジの使った妙な薬のせいか、それとも今日の彼の性欲が異常だったのか、はたまたその両方か。視線をやれば残像がついて胃がキリキリ痛む。頭痛と吐き気が半端ない。  それでも今日中に、忘れないうちに、書き留めておきたいことがあった。  ひどい風邪でもひいたときにも似た体の節々の痛みは、オイルを差していないロボットの関節のようにギシギシしていた。  それを我慢しながら、シュトラウスは自室へ向かう。暖色の暗い電気を灯すと、部屋がぼんやりと明るくなる。本を読むには厳しい明るさだが、それでも暗闇よりは全然いい。  書斎机に座り、眼の前に立てかけてある本棚から厚い日記帳を取り出した。  ディスタンシア軍の軍人でも、割と高い階級の者しかもらえないこの日記帳は、シュトラウスの父親が持っていたものだ。  適当にページを開く。前後も確認せずに白紙のページを見つけると、震える手でペンを取った。  こんなふうに抱かれていたら、自分は本当に壊れてしまう。自我が、理性が……シュトラウスという人間が崩壊する前に書き留めておかないと、自分のやることを見失う。 「あの子を………兵器になどさせてなるものか………」  だが、その反面でハイネの顔が浮かぶ。クリスタライズを称賛しながら、ひどく悲しい顔をしていた彼を。 「ちゃんと……ハイネから聞くべきか……」  ハイネの本心が揺るがなかったら、このノートにシュトラウスの決意を記そう。  シュトラウスはペンを置き、そのまま机に突っ伏した。  すぐに眠気が襲ってきた。シュトラウスはそのまま睡魔に身を任せて目を閉じた。
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