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#1
まずい、このままでは。
ハイネ・ブランケンハイムは軍施設のはずれで、壁にもたれてタバコを吸っていた。
とにかく、このどうしようもない焦りと苛立ちを落ち着かせない限りは、冷静にことを進められない。
亡命者だと身分を偽り、祖国クラリスから諜報工作員としてディスタンシアへ派遣され、偽りの家族とともにかの国の兵士を内側から減らす作戦を実行していたが、どうもそれがディスタンシアの軍上層部にかぎつけられたらしい。
「らしい」というのは、まだ確定ではない。
だが、ディスタンシアの秘密警察にあたる連中は、ハイネの身分をかなり怪しんでいる。
ハイネには家族がいる。
同じように諜報工作員だったリーベット出身の妻エリカと、その間に生まれた一人息子ミズキ。ミズキはまだ四歳だ。このままハイネの身分がバレてしまうと、家族諸共この国で処刑されてしまう。
大人の汚い作戦に幼い息子を巻き込むわけにはいかない。
かといって、クラリスに家族だけでも脱出させようとしても、まずどうやってこの国を出るかというところから始まる。
この国は戦争と物資不足で、国土も国民も疲弊しているが、あらゆることに関する統制だけは無駄に厳しい。
合法的に国外に出ようとしてもかなりの金銭を積まなければ出国できないし、出国できたとしても常に監視がつく。密かに国境線を越えようものなら国家反逆罪で捕縛される。
ハイネの身分と状況を鑑みれば、おそらくすぐに追っ手が来る。
捕まればその行き先は二度生きて出られない強制収容所か、そこでそのまま警備兵に射殺されるか。
どちらにしろ、失敗すれば死しかない。国境を越えることが、生死をかけた大博打。
妻と息子に罪はない。これは自分の責任になる。
まさか、自分が開発したものが、自分の首を絞める結果になるとはーー。
「最悪、一家心中……か」
諜報工作員は活動の痕跡を残せない。
妻と息子を自らの手で殺し、家に火でもかけて、自分もその業火で機密ごと焼けるしかない。
最悪なエンドマークが脳裏を横切る。
あんなもの、作らなければよかった。あんなものなんかーー。
****
「ふうん、新しい兵器ができたんですか?」
エル・シュトラウスは軍の地下室で情事を終え、衣服を整えながら本日の客ーーディスタンシア軍ラムジ・トゥルキスタニ陸軍大将に尋ねた。
シュトラウスの仕事は、自身の出自が混血であるが故の兵士のガス抜きに従事することだった。
シュトラウスの両親はディスタンシアから色々なものを奪ったから、それを補填するため、戦場で戦う兵士に、その体を使って奉仕し、自らの体内に流れる汚い血を浄化してもらうーーいわゆる男娼として男に抱かれることが役目だ。
だが人間は欲を満たしたからなのか、あるいは情夫に何かつがいのような情でも湧くのか、簡単に口を滑らせる側面がある。
とりわけ、「頭が悪い」連中は特に。
「これはどういう武器になるのですか?」
「これはな、クリスタライズという」
「クリスタライズ……?」
「ちょっと前にここに亡命してきたクラリスの研究員が開発したものだ。兵器開発をする研究所、あそこのブランケンハイム所長だったかな。兵士自らが爆薬となり、敵地を破壊しに行くのだ。クラリス人がクラリス人を殺す兵器を開発とはな。あの国も寝首をかかれるとは考えてもいないだろう」
ラムジはタバコの煙を燻らせながら、兵器のプレゼンの写真をシュトラウスに見せた。
そこにはクリスタライズなる兵器が映ったスライドスクリーンの前に、白衣を着て指示棒を持ち、熱弁を振るうハイネが映っていた。
「こんなに便利な兵器はない。なにせ、兵士が武器になる」
ラムジはヤニに染まった歯をむき出しにして、ヒキガエルのように垂れた大きな腹を揺すってガハハと笑う。
「本部からの爆破命令を出せるし、兵士のタイミングでも爆破可能だ。兵士がそこで躊躇うなら、こちらから起爆命令を出せばいい。兵士の動きはモニターされているから、クリスタライズを持って戦場に出れば、どこにも逃げられん。全く完璧な武器を作り出したものだ」
「それはそれは……すごいものを……」
どうせ自分ではそれを持って戦場には行かないくせに。何を勝手なことを言っているのかと呆れてしまう。
「しかし、本国からの起爆信号と言っても、その兵器が信号を受け取る有効距離はどのくらいなのでしょう?」
「さあな、まあまだ我が国の通信衛星が生きているから、それでも使うんじゃないか?」
知らないのか。新兵器の重要なところを? 適当な認識だ、とシュトラウスは心の中で頭を抱える。
上層部がこんなに頭が悪いから戦争が長引いているのか、頭が悪いが故の無茶無謀にクラリスが辟易しているのか。こんなバカしかいないのなら、さっさとこいつらを殺ってくれと、クラリスに頭を下げて敗北を認めたほうが良いのではないかとすら思う。
「エル、こちらへ来い」
シャツのボタンを止めようとしたところで呼ばれ、そのまま近づくと、ラムジはシュトラウスの体を反転させ、後ろから抱き寄せた。ちょうど子供が膝の上に座るような格好になる。
「お前の肌は滑らかで美しい。お前にはクリスタライズを埋め込めないな。無粋な傷が増えると、萎えてしまう」
シュトラウスの尻の下で何かがモゾモゾ動き出す。ラムジ自身がシュトラウスに興奮して、また勃起してしまったようだ。
「大将殿、先ほどたくさんお出しになったでしょう?」
「仕方ない、貴様がいい体をしているのがいけない」
「また……全て私のせいにするなんて。お戯れが過ぎますよ」
シュトラウスは微笑みを返したが、クリスタライズなる兵器の話に心の中では苦虫が大発生していた。
噛み潰しても噛み潰しても、苛立ちが消えないどころか、頭の中がドロドロと煮えたぎり、吐き気と共に嫌悪感が爆発的にこみ上げてくる。
(そんな兵器、兵士の命も尊厳もない。ただの捨て駒じゃないか)
この兵器を生み出した「亡命してきたクラリスの研究員」をシュトラウスは昔から知っている。
ハイネ・ブランケンハイム。彼がここに移民としてやってきた時に、軍の仕事を紹介してやった。それからの仲だ。互いのストレス発散という名のもと、シュトラウスは彼と体を重ねたこともある。
周囲はシュトラウスとハイネが蜜月関係にあることは知らない。
とはいえ、ハイネがなんの研究をしているかまでは知らなかった。
最近になって、ハイネはよく基地のはずれで一人でいることが多い。窓から何度もそんな姿を見たが、彼は研究の気分転換で外にいるというより、何か心配事か辛いことでも抱えていそうな体で、壁にもたれて煙草を吸っている。
咥えタバコで俯いて、泣いているのか右手で目を覆って力無く項垂れ、首を横に振っている。
頭の中にある、彼を苦しめる何かを必死に追い出そうとしているかのようだった。
声をかけようにも、基地の中であまり馴れ馴れしくもできない。ハイネの家に電話をかけてもいいのだが、妻のエリカに気取られてはいけない。
まだ小さな息子の世話で忙しいエリカに、余計なことを吹き込んではエリカを心配させてしまうし、ハイネにとっても大きなお世話だろう。
ハイネが言い出さないのなら、自分の出番ではないということ。
とはいえ、クリスタライズの話は看過できない。そんなものを上層部が本気で承認し、実際に使われたら、ディスタンシアから人間がいなくなってしまう。
「ああ、本当にお前の肌はビロードのようだ。すべすべして……」
ラムジは恍惚のため息を漏らしながら、シュトラウスのズボンの中に手を入れ、その大きな手でシュトラウス自身を探り当て、花茎からふくろ、全てを撫で回す。
さっきまで繋がっていたのに、本当に欲が止まるところを知らない。呆れた人だと思いつつも、逆らうわけにもいかず、そのままされるがまま身を任せる。
だが男の体は単純だ。触られれば、また体の奥に火がついてしまう。
「大将……もう……やめ……ああ……」
「ほうら、またお前は大きくして。仕方のないやつだ」
仕方がないのはどっちだと心の中で毒づき、シュトラウスは腐りきった快楽の触手に我が身を捧げる。何も考えず、受け入れている方が楽だ。
とはいえ、クリスタライズが気になる。ハイネは本気でそれを実戦投入しようと考えているのか。その兵器がどうなるのか、調べる必要がある。
それには自分の身体をまた淫らの海に落とす上層部の連中から情報を引っ張り出すのが一番早く、重要な話が聞ける。
作ったのはハイネかもしれないが、決定権は上層部の連中だ。
今の話からすると、幸いにしてシュトラウスが男娼でいる間はクリスタライズなる物騒な物を持っていくことはなさそうだ。
どうやってその兵器をもたせるのか。本部から自動で爆破命令を出せ、かつ兵士が逃げられないということは、その兵器が兵士自身でどうにもならないところに取り付けられるということ。
すなわちーー体の中だ。
これが実戦投入されたなら、いずれ大人に成長したハイネの息子だって、この兵器を抱かされる羽目になりかねない。
自分で考えた兵器で、将来的に息子を殺す恐れのある兵器など、絶対に使わせてはならない。
なんとか止める方法を考えなくては。
気がつけば、シュトラウスのベルトが外され、ズボンが脱がされていた。ラムジの無骨で節くれた指が、シュトラウスの蜜壺にちゅぷんと入り込む。
「ああっ!」
「なんだ、あれほど注いでやったのに、まだ足りなさそうだな、エル?」
「あっ……そ、そんなこ……とっ……ああ…ん…っ!」
ラムジの指はシュトラウスの中をかき混ぜ、時には指の本数を増やして入り口を広げながら、シュトラウスの陰華が受精する準備を整えていく。
先ほどまでラムジを咥え込んでいた場所がまた歓喜して、麻薬のような期待が全身に走る。自分の体の浅ましさに辟易するが、このおかげで並の兵士よりはいろいろと楽に生きられる身分でもある。
お国の兵士に汚い我が身を浄化してもらうのではない。
これはギブアンドテイクなのだ。男をねだる演技を見せつけ、ちょっと入れさせてやれば、男は簡単に堕ちる。
シュトラウスの処世術だ。
「もう待てません……だめ、ああ……もう……早く、早く……」
「後ろが柔らかく熟れているな。さっきたくさん中に子種を注いでやったのに、まだ足りないのか。貪欲な雌犬め」
「ああっ!」
ラムジの指が、シュトラウスの一番いいところを探り当てた。瞬間で電流が走ったかと思ったら、体の奥がじわじわと悦楽の圧力を生み、それが全身を支配していく。
「はい……雌……私は雌犬なんです……早く種付けして……」
シュトラウスは息も絶え絶えに、物欲しげな視線を後ろに走らせた。猛獣のようなラムジの視線とぶつかる。
「早くぅ……」
「お前は本当にいやらしく貪欲だな」
「はい……」
男に抱かれて快楽を見出すことを識る身体は、さらなる高みを目指すために、男の熱核で貫かれることを貪欲に待ち望んでいる。
そして同時に、男を抱く愉悦を知る雄が、シュトラウスには抗えないということも。
「エル。腰を上げろ、挿れてやる」
「はい……」
言われるがままシュトラウスは腰を上げる。まだ精液残る湿地帯に、滾った男を誘い咥え込んだ。
「ああ……」
隘路を通っていく凶暴な熱の再来に身体が痺れる。脳天に向かって淫らな火愴で全身を貫かれながら、意識を灼かれていくその感覚に、シュトラウスは甘いため息をつく。
だが、頭は恐ろしいほどに冷めていた。
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