第七章:午前四時四十四分四十四秒の怪

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「何も糞もないわよ。あんな野生の変態、こっちが聞きたいくらいなんだからッ!」  返ってきたのは、(はらわた)煮えくりかえりし大暴言だった。 「本当だったらね。五年生の七不思議担当はお姉さんの霊だったのよ。交通事故で悪霊になった女子高生で、程よく血まみれで怖かったのに。それなのに、あンの糞馬鹿変態のせいで全部パーよ!」 「お、おぅ。少し落ち着いてくれないか」 「はっ、無理に決まっているでしょ! 何よあのトイレペロペロおじさんは。あんまりにも気持ち悪くてお姉さんは逃げ出しちゃった。変態といるくらいならって、自力で浄霊しちゃったのよ。おかげで私の七不思議にあんなのが入っちゃった。ああもうホントに最悪ッ!」  気持ちは痛いほど分かる。  アレは本当に酷かった。要明仁と同類になりたい霊がこの世にいるだろうか。 「……はぁ、はぁ。今度こそこれで全部よ。供述タイムは終わりでいいかしら?」 「ああ。おかげで、お前が悪霊になりかけている理由がわかったよ」  つぼみはななと違い肌が病的に白い。ベランダの悪霊やぼろ布の霊と比較すればマシだが、霊体が変質しているのは疑いようのない事実だ。 「自分のために七不思議を作ろうとした。ちょっとした悪戯心が想定外の結果を生んでしまった。それが悪霊化の主な原因だろうな」 「悪戯なんかじゃないわよ。私が生きた証を残すため、死んでもここにいるって刻み込むためなんだから」 「その未練が、関節的とはいえ数多の被害をもたらした。悪意を振りまく片棒を担いでしまったんだ」 「言われなくても分かっているわよ!」  小さな拳が壁に叩きつけられる。  つぼみの瞳が潤んでいるのは、手の痛みのせいだけではない。 「最初はそんなつもりじゃなかった。少しでもいいから私を見て欲しい。ただそれだけだったのよ。なのに、どんどんおかしくなって。……あんたが来てくれなかったら、きっと収拾がつかなかったわね」 「だろうな」  結果的に犠牲者はゼロだが、一歩間違えれば大惨事だった。  実際、ななは悪霊に囚われたし、駆郎は病院送りになり未だ本調子ではない。  明確な悪意はなかった。しかし、つぼみは罪の意識からみるみるうちに(しお)れていく。 「昔誰かが言ってたけど、人って二回死ぬの。一度目は命が尽きる時。そして二度目はみんなから忘れられる時。私はそれが同時にやってきた。だから、こんなことしちゃったのかな……」  つぼみが吐露したその言葉が、胸の深いところに突き刺さる。  忘れられた時が二度目の死。  かつてのななを知る者はどこにもいない。それどころか、自身のことすら覚えていない。一度も二度もへったくれもないのだ。  それなら、今の自分はなんなのか。何が残せるのか。これからどうすればいいのか。突然足元が崩れたかのように宙ぶらりんの心地だ。元より浮遊する身だが、居心地の悪さは雲泥の差。比べるまでもない。  果たして自分は、は、ただ浄霊されるだけでいいのか。 ※  七不思議はこれにて全て解決。  あとは幕を引くだけだ。決着の付け方はもう決まっている。 「ほら、早く浄霊しちゃってよ」  つぼみは既に捨て鉢、計画が失敗して諦めの境地だ。悪霊として消える覚悟を決めている。出来心とはいえ、学校全体を揺るがす大事になってしまった。自責の念に苛まれて今すぐ消えたいのだろう。  だが、 「何を勘違いしているんだ」  強制浄霊するつもりは毛頭ない。 「はい?」 「そのままの意味だ。お前は浄霊されずに済む」 「だから、それが意味不明なんですけど」  すぐに理解できなくて当然だ。駆郎自身、この決断をするのに時を要した。首謀者の彼女からすれば、唐突で思考が宇宙の果てだろう。 「あくまでも俺は七不思議の解決を任されただけだ。霊を根こそぎ浄霊しろとは言われていない」 「でも、私は悪霊だし。それに、こんなに迷惑をかけちゃったし」 「その程度の悪霊化ならすぐに治る。それに、お前の悪意は七不思議に紐付いていた。解決した時点で執着する必要はないだろ」 「じゃあ、これから私はどうすればいいのよ。みんなに覚えてほしくて頑張ったのに。当てもなくその辺をふらつけって言うの!?」 「それなんだがな。お前の怪談はもうこの学校に根付いているぞ」 「ふざけてるの?」 「大真面目だよ」  怒ったり落ち込んだり首を傾げたりと、中々どうして可愛げのある霊だ。もっとも、相棒のななには劣るが。 「ミツデ様という、こっくりさんのローカル版は知っているか?」 「ええ、まぁ。この間あんたがブチ切れてたやつでしょ」 「なら話が早い。そのミツデ様の逸話はお前が元で生まれたんだよ」 「そんな馬鹿な」 「本当だよ。名前の由来は三手洗の“三”と“手”だろうし、逸話が生まれたのが二十年ちょっと前だから時期も大体一致する」 「そんな気持ち悪い霊扱いとか、マジ最悪なんですけど」    ミツデ様。  この学校で行方不明になった少女の霊が、頭頂部より伸びる第三の手でコインを動かす。という設定と想像図からして、つぼみが行方不明になった事件を基にしているのだろう。  もちろん、単なる推測であり、確実な証拠はどこにもない。  だが、それでもいい。重要なのは事の真偽ではないのだから。
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