第一章:一年二組を彷徨う霊

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「あ、昨日の怖いおにーさんだ」  一年二組の霊はニコニコ気分上々だ。隣になながいるおかげだろうか。歯に衣着せぬ感想を述べている。  一体どんな魔法を使ったのか。ななに問いかけるも「普通にお話しただけだよ?」とあっさり返されてしまった。誰とでも仲良くなれる素質があるらしい。コミュニケーション能力の高さに目を見張る。  ただ、語弊(ごへい)がある内容を吹き込んだのか、 「おにーさんは、ななおねーさんの恋人ですか?」 「いや違うが」 「昨日はびっくりしちゃって。ごめんなさい、彼氏さん」 「だから違うぞ」  霊の女の子は盛大に勘違いしていた。 「なな、お前話を盛ったな?」 「だってぇ、浄霊しに来た霊能力者とかなんとかって、説明が面倒だったんだもん。それに、ななが認めた彼氏って方が、きっとあの子も安心できるって」 「半分嫌がらせだろ」  悪ふざけも度が過ぎれば許容できない。  霊相手なのでまだ良いが、生きている人間相手なら後ろ指の集中砲火だ。場合によってはExOUから直々に罰が下され永久追放されかねない。 「俺はこいつの彼氏じゃない。ただの見習い霊能力者だよ」 「あ、そうなんですね。なぁんだ、つまんないの」  露骨に残念がられても困る。  色々と()に落ちぬ駆郎だったが、(くだん)の霊との接触に成功したので良しとする。 「それで、君の名前は?」 「土倉(つちくら)友子(ともこ)っていいます。ずっと昔、一年二組の生徒でした」  一年二組の霊――土倉友子は、二十五年前より教室を漂い続ける古参の霊らしい。もし生きていれば三十一、二歳のアラサーだ。駆郎からすれば母校の大先輩にあたる。 「どうして霊になったんだ?」 「車に()かれました。どかーんって、思いっきりぶつかってきて」  下校中、忘れ物に気付いて通学路を引き返した。その道中、交通事故に巻き込まれて死亡。気付けば霊になっていた。 「やり残したことってのは、その忘れ物が関係してるのか?」 「とっても大事な物だったんです。だから絶対見つけたくって」  未練はやはり、事故のきっかけになった忘れ物にあるらしい。夕方の教室に出現するのも探し物のためである。 「一体、何をなくしたんだ?」 「キーホルダー……友達と交換した、大切なキーホルダーなんです」  当時の友子はとあるクラスメイトと仲が良く、たった一人の友達だった。そんな親友と永遠の友情を誓い合い、証としてお互いのキーホルダーを交換し合ったそうだ。  大凡(おおよそ)の外見は、人形が吊る下がったボールチェーンキーホルダー。二十五年前に放送していた魔法少女ものアニメ、“見習い魔天いろは”のキャラクターらしい。名前だけは聞いたことがある。 「コウカちゃんと約束したの。だから、なくしたのが凄く悲しくて」 「そのコウカって子が、風羽ちゃんにそっくりだった、と」 「うん。だからちょっとお話したいなって。でも、いつも追い払われるばっかり」  これで合点がいった。  脳内のパズルのピースが噛み合っていく。真相に近づいていると確信する。  夕方の教室を彷徨っていたのは、なくしたキーホルダーを探していたから。  風羽との接触を図ったのは、コウカなる親友と(うり)二つだったから。  この二点より導かれる答えとは……。 「ねぇねぇ友子ちゃん。その“見習い魔天いろは”ってアニメは面白いの?」  ななは(いにしえ)のアニメが気になったらしい。知識に貪欲だ。記憶に空白が多い分、中身を取り戻そうと何でも吸収している。まるでスポンジだが、興味のある分野ばかり覚えるタイプらしい。現状、無駄知識ばかりが染み込んでいる。  そして、質問に対する友子の回答は、以下の通りである。 「もちろん、とっても面白いの。日曜日の朝に放送してるんだけどね、お空の国から、魔法が使える見習い天使がやってきて、街で暮らしながら一人前になろうと修行する話なの。その見習い魔天の名前がいろはっていうんだけど、魔法のドレスがすっごく可愛いの。小学校に通いながら、色んな事件を魔法で解決してくれるんだ。でもうまくいかないこととか、ライバルのせいでピンチとかもいっぱいあってね。(くじ)けずに頑張る姿がとってもかっこいいんだよ!」  熱量と情報量の濁流(だくりゅう)が凄まじい。  聞き手のななはついていけず、ぐるぐる目を回している。純白の脳では処理しきれないのだろう。駆郎ですら思考が宇宙に旅立っていた。  友子から放たれるのは猛者(もさ)の魂だ。年端もいかぬ少女の大人顔負けの姿勢に気圧(けお)されてしまう。普段は臆病(おくびょう)で大人しいのに、好きな分野だと饒舌(じょうぜつ)になる二面性。クラスに一人二人はいた気がする。  結局、二時間以上語り尽くして、ようやく友子は霧散した。次に現れるのはまた明日、同じ時間の同じ場所だろう。
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