第一章:一年二組を彷徨う霊

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 その後、図書館にて二十五年前の新聞記事を掘り起こした。  どうやらその年、児童が一名死亡、一名行方不明になったらしい。悲しいかな、母校の歴史上では少ない方だ。もっと酷い年だと、一クラス丸ごと犠牲になる事件があった。無論、怪異絡みの案件であり、解決したのは駆郎の母親である。  二十五年前の七月十五日付けの朝刊には、とある交通事故に関する記事が掲載されていた。見通しの良い交差点にて児童とトラックが接触。事故の原因は運転手側にあり、スピード違反と信号無視が重なり悲劇が起きた。児童は救急搬送されるも病院にて死亡が確認されたそうだ。  亡くなった児童の名前は、土倉友子。  見覚えのある眼鏡とおさげが、添えられた写真の中にあった。 ※  午前中は大学で講義を受け、午後は小学校にて風羽と合流。とある事実を確認した(のち)、彼女と仲良く下校する。女児と並んで歩く男という絵面はそこはかとない怪しさに満ちている。  ――やましい目的じゃないって、ななは知ってるけどね。  駆郎が風羽の自宅に向かう目的。それは七不思議の一つ、一年二組の霊こと土倉友子のためだ。全てはそこに繋がっている。  昨夜、図書館からの帰り道にて。彼から家庭訪問の計画を聞いた時は、三百六十度首を(かし)げざるを得なかった。 「なんで風羽ちゃんのおうちに行きたいのよ。いきなり過ぎて気持ち悪い」 「友子ちゃんの親友、コウカって子が風羽ちゃんの母親だからに決まっているだろ」 「え、それホント?」 「多分だけどな」 「じゃあ断言しちゃ駄目じゃん」  当初は駆郎の推測を(いぶか)しんだのだが、(ふた)を開けてみれば見事正解。風羽は自身の母こそが大鳥紅花(こうか)その人だと証言した。  ――意外と()えているんだ。ちょっとびっくり。  霊能力者としてへなちょこ、という評価は改めるべきだろう。わずかな手掛かりから答えをたぐり寄せる(ひらめ)き力がある。自身の浄霊という難題も、彼に任せればなんとかなるかもしれない。 「ここが風羽んちだよ」  こうして辿り着いたのが大鳥家だ。  住宅街に(たたず)む、周辺の家屋より一回り大きい一戸建て。外観は洋風の煉瓦(れんが)調で、庭には色とりどりの花が咲いている。  風羽はランドセルより鍵を取り出し、慣れた手つきで玄関を開錠。靴を脱ぎ飛ばし、どたばた砂塵(さじん)を巻き上げ駆け抜けていく。  目的の本命、母親の紅花は不在らしい。風羽曰く、スーパーマーケットでパート中とのこと。帰宅するのは夕方頃だ。それまではリビングにて待機するしかない。 「ほへー、結構広いね」 「あんまりジロジロ見るんじゃない」 「そう言われても、気になっちゃうんだもん」  目に飛び込んでくるのは、嵐が過ぎ去った後の景色だ。  壁のあちこちにはクレヨンで描かれた落書き、フローリングには(えぐ)れたような傷がいっぱい。十中八九、風羽が暴れた跡だろう。実際、現在進行形で嵐が発生中。風羽が剣の玩具をぶんぶん振り回している。既に何度も駆郎の頭頂部を(かす)めていた。  一方、彼女由来ではないだろう、雑然とした区画も目に付く。部屋の隅には段ボール箱の山、畳まれずに積まれた衣類や塔を形成する書籍なども幅を利かせている。嵐が直撃すれば瞬く間に崩壊待ったなし。ずぼらゾーンの範囲は無計画に拡がっていくだろう。  駆郎の部屋の方が綺麗なのでは、とすら思えてしまう。二階や押し入れはどんな魔窟(まくつ)になっているのだろうか。  子育てと仕事でてんてこ舞い。家事に手が回らないのだろう。積もった埃を指でいじりながら、母親の苦労を(しの)んでしまう。  紅花が帰宅したのは夕方四時過ぎ。()しくも友子が出現する時間と同時刻だった。  セミロングの髪にブラウスとタイトスカート。仕草温和なその女性は、暴君の母親とはとても思えない。良妻賢母を絵に描いたような人物だ。金髪オラオラ系を想像していた分拍子抜けである。 「うちに何かご用ですか?」  リビングにやってきた紅花が疑惑の眼差しでねめつけてくる。  当然の反応だろう。家に見知らぬ男がいたら、不審に思わぬ方がどうかしている。通報されても文句は言えない。  だが、 「突然の訪問で申し訳ない。俺は天宮駆郎といいます」 「あっ。もしかして、あの天宮さんの息子さんですか?」  名字を聞いた途端に態度を柔和させる。  天宮姓はこの街で有名らしい。もしかして、駆郎はどこぞの名家の御曹司(おんぞうし)なのか。霊能力者として由緒ある家系なら十分あり得るだろう。  つまり、若くして将来を約束されているのだ。霊の身からすると、(うらや)ましいを通り越して雲の上。地上から見えぬとなれば、酸っぱい葡萄(ぶどう)にすらならない領域だ。  それなのに、 「まぁ……そんなところです」  彼の顔は少し強張っていた、ように見えた。 「まだ学生の身分ですが、小学校の七不思議を解決しに来ました」
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