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彼女は霊だ、人間ではない。かといって、ぞんざいに扱えないのは世の常識。人の形をしている以上、それなりの対応が求められる。
そもそも、霊とは何か。
ざっくり説明するなら、独立したエネルギーの塊である。
太古より存在が示唆されてきた、あらゆる生命体が放つ不可視のエネルギー。専門用語で魂と呼称され、近年の研究により自然科学の亜種として地位を確立した。
魂は感情と密接な関係にあり、その強弱や性質の差異から起きる現象は多岐に渡る。また、魂を視認し自在に駆使できる者を、霊能力者や超能力者と呼ぶ。駆郎をはじめとした天宮家以外にも、全国各地に異能を身につけた者が点在している。
と、ここまでが大前提の話。
誰の肉体にも魂が宿っているのは先の通り。基本的には、生命活動の停止と共に減退し、いずれ虚無と化す。しかしながら、死してなお残り続ける魂もいるのだ。
それこそが霊である。
多くの場合、未練や怨念が原因で発生する現象だ。強烈な感情の作用により現世にこびりつき、帰る場所を失い迷い続ける悲劇の存在である。
これが長きに渡り恐れられた霊の正体。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、という句がかつて存在したが、真実は消え損なった感情だった訳だ。過度に恐れる必要がない現代では、新種の生物と捉える者も少なくない。
と、長々と理屈を並べたが、要するに眼前の少女はエネルギーそのもの。人格はあれど人間とは似て非なる存在だ。しかし、霊魂愛護法がある以上、無害な霊は慎重に扱わねばならない。
「えー、面倒って言い方は酷くない?」
「事実その通りなんだよ」
本来あるべき魂のサイクルに返すため、霊を消滅――すなわち浄霊させる必要がある。それには原因となった感情の処理が不可欠だ。
未練の解消である。
通常であれば霊の心に寄り添い、願いを代行する姿勢が求められる。無論、害意振りまく悪霊相手なら手順を省いて良し。害獣駆除同様、強制的に浄霊する流れとなる。だが逆に、善良な霊相手に強制浄霊は御法度だ。霊魂倫理に反してしまう。解神秘学連合――通称ExOU(Explained Occultism Union)から永久追放されてもおかしくない。
故に、記憶喪失の霊は面倒なのだ。
未練の原因を探ろうにも手掛かりはなく、かといって強制浄霊をすれば不利益を被る。良心の呵責はあるものの、知らぬ存ぜぬが身のためである。
「ねぇねぇ、駆郎。お願い、どうにかできないの?」
あどけない瞳を輝かせて懇願する少女の霊。しれっと呼び捨てだ。年上相手に敬意の欠片もないらしい。
「お前はどうしたいんだ?」
「そりゃあ、浄霊? ……ってやつで、スッキリさっぱりしたいかな」
「だよな。聞くまでもないか」
思い残したことがあるから人は霊になる。
願いあるいは欲望を叶えたいのが本能なのだ。
「じゃあ、お前が自身の浄霊を依頼した。って扱いでいいんだよな?」
「うん、そうだけど」
「それなら相応の対価を払ってもらうぞ」
七不思議の解決は試験だが、少女の依頼は完全に別件。浄霊を望むなら、釣り合う分のギャラを払ってもらう。ボランティア任せで通るほど世の中は甘くない。
実際、駆郎は生活費のためにアルバイトをしている。大学が斡旋する簡単な怪異案件だ。大半が動物霊相手の仕事だが、最低限の日銭としては十分な報酬。少女の願いも同等か、それ以上の仕事として引き受けたい。
「でも、お金持ってないよ?」
「さすがに期待してないぞ」
子どもの小遣いを毟り取るほど落ちぶれてないし、記憶喪失の霊が支払えると思うほど馬鹿でもない。
では、何を対価にするかというと。
「俺の助手をしてもらう」
七不思議の解決に協力してもらう。
大学より課された試験、その合格条件は「依頼を解決する」ことだけ。常識の範疇であれば方法は問われない。むしろ、野良の霊を従える霊能力者として、大幅な加点もあり得るだろう。
厄介な霊に絡まれたが、存外使える奴かもしれない。
「うん、わかった。駆郎のお手伝いをすればいいんだね」
少女は二つ返事だった。
思慮深くないのは本人の資質か、あるいは年齢もとい享年のせいか。何にせよ、素直なのは良いことだ。呼び捨てなのは若干気に障るが。
そういえば、重要なことを忘れていた。
「お前の呼び方なんだが」
一時的とはいえ、相棒相手にずっと名無しでは何かと不便だ。
記憶を取り戻すまでの、仮の名を与えなくては。
「なな、ってのはどうだ?」
名無しのなな。七不思議のなな。
由来としてはそんなところである。
「わぁ、可愛い名前。なな、とっても嬉しいっ!」
「喜んでもらえたのなら何よりだ」
早速一人称に使用するとは。
いい加減に名付けたのだが、本人が納得しているのなら良かった。どうせ期間限定の相棒だ。じきに真の名を思い出し、自然と浄霊されるだろう。
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