第七章:午前四時四十四分四十四秒の怪

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「それで、結局何が言いたいのよ。名前を残したんだからさっさと消えろって?」 「早とちりするな。むしろここに残り続けてほしいんだ」 「どういうことよ」 「いちいち突っ掛からず最後まで聞いてくれないか」  本当に面倒臭い霊だ。  小学生女子を相手にするのは困難を極める。ただでさえ対人関係が苦手なのに、異性の子どもだと輪を掛けてハードだ。世の小学校教諭達には尊敬の念を送りたい。 「知っての通り、ミツデ様はとても危険だが、気軽に実行する子どもが後を絶たない。そこで提案なんだが、お前をこの学校の監視役に任命したい。子ども達を見守る簡単な仕事だ。ミツデ様をする不届き者がいたら、他の霊が降りる前に邪魔すればいい。霊動力(ポルターガイスト)が起きれば子ども達も逃げるだろうしな」  悪霊化しかけたとはいえ、つぼみは根から悪い霊ではない。承認欲求が強いだけの普通の女の子だ。教材倉庫に誘い込んだのも、次元の穴及びその悲劇を知ってほしいがため。注目こそが彼女の(かて)なのだ。 「生き甲斐と言うと語弊(ごへい)はあるが、霊として生活するのにちょうどいいだろう。ミツデ様という悪評を払拭し、子ども達の頼れる味方として再出発だ」  善良な霊として居残るなら文句はない。  承認欲求という果てのない欲望を抱えている以上、つぼみにとってもそれが一番の選択だろう。 「まぁ、悪くないんじゃないかしら」  あとは彼女次第だ。  条件を呑むか否か。果たして駆郎の提案は、 「乗ったわ。ミツデ様なんて馬鹿げた話、私のニュー伝説で塗り潰すんだから」  無事に実を結んだ。  そう言うだろうと確信していた。名声を欲するつぼみが悪評を放置するはずがない。これで後顧(こうこ)(うれ)いもどうにかなりそうだ。  お札をポケットに捻じ込み右手を差し出す。その意を汲み取ったようで、つぼみも実体化した右手を突き出した。肉体と霊体の手が互いを握りしめる。 「じゃあ、よろしくな」 「こちらこそ、」 ※  つぼみの後ろ姿が廊下の先に消えていく。  歴史的な和解だ。七不思議の解決とミツデ様対策の一挙両得に成功した。いや、後者の場合はビジネス面では損なのだが。子どもの安全が第一なので仕方ない。 「これで全部終わりだね。あーすっきりしたーっ」  ななが気持ちよさそうに伸びをしている。  この学校が抱える問題は次元の穴を除き全て解決した。爽快感でいっぱいなのも頷ける。差し込む朝日も課題の完遂を祝福してくれていた。 「ねぇねぇ駆郎。早く大地のところに行って自慢しよう――」 「いいや、まだだ」  そう。まだ一つ、個人的な課題が残っている。 「何言ってるの。つぼみちゃんは反省して仲間になったし、次元の穴とか異空間とかはExOUが何とかするんでしょ。だったら」 「七不思議じゃない。お前の話だ」  過去の新聞記事を漁っている最中(さなか)、偶然見つけてしまった。  彼女の記憶を取り戻すきっかけになるだろうそれは、十五年前の新聞記事だった。 「お前の、ななの本当の名前は……四季(しき)堂島(どうじま)四季だ」  噛みしめるように訥々(とつとつ)とそれを告げる。 「どうじ……え?」 「堂島四季。この学校で行方不明になった少女の名前だ」  スマートフォンを掲げてとある新聞記事を見せる。そこに映っているのはななと同じ顔だ。下部には“堂島四季(九歳)”と記されている。  人形霊こと三手洗つぼみの正体を探る中で、この学校に纏わる過去二十五年分の死亡事故事件行方不明の報道を洗い直した。彼女と同様、次元の穴に迷い込んだ者が他にいるかもしれない。その結果、科学的にも解神秘学的にも原因不明とされた、未解決の行方不明事件が一つ該当した。  それこそが堂島四季行方不明事件だ。ななの「教材倉庫から出てきた」という証言の裏付けにもなる。  つまり、彼女もつぼみと同じ、次元の穴の犠牲者なのだ。 「へぇ、そうなんだ。ななの名前は四季って言うんだ」 「実感なさそうだな」 「だって、ずっとななって呼ばれていたから。しっくりこないよ」 「そのうち慣れるだろ」  実際、駆郎自身「四季」と本名で呼ぶのは気恥ずかしかった。いずれは呼称を変える必要があるだろうが、本人が慣れてからでいいだろう。  それよりも、伝えるべき重大な事実があるのだ。  深呼吸をしてから駆郎は続ける。
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