第七章:午前四時四十四分四十四秒の怪

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「堂島四季――ななは、行方不明になる直前まで、近所の公園で遊んでいたらしい」  堂島家は父子家庭だった。父親の帰りが遅く公園で時間を潰すのが日課だった、と近隣住民の証言が残っている。日頃、夜遅くまで一人残る姿が目撃されていた。しかし事件当日、彼女は普段見かけぬ男児と共に公園で遊んでいた。次に目撃された場所は小学校だ。忘れ物を取りに戻ったのか、それとも居残りの友達に会いに行ったのか。その理由は不明だ。そして、担任教師が見かけたのを最後に、彼女は消息を絶った。必死の捜索にも関わらず遺留品の一つも見つからず。父親はほどなくして街を離れたという。 「うーん。言われてみれば、この公園も記憶にあるような、ないような」  図書館にて漁った、当時の週刊誌の記事も見せる。  現場とされる公園や学校のカラー写真が並んでいる。下世話な好奇心を煽る文句が所狭しと詰め込まれたページだ。霊や妖が原因説の他、父親の虐待やいじめによる死亡説など、不愉快な文言が飛び交っている。 「ここで間違いない。お前はここで遊んでいたんだよ」 「どうして駆郎が言い切れるの」  ななの指摘はご(もっと)もだろう。無関係な人が憶測で断言してはいけない。そう、本当に無関係ならば。 「その一緒に遊んでいた男児は――俺だ」  公園のカラー写真を見て、朧気(おぼろげ)だった記憶は途端鮮明になった。  まだ幼稚園児だった頃。迷子で行き着いた場所こそこの公園だった。となると、記事の“普段見かけぬ男児”とは当時の駆郎のことだろう。そして、迷子の自分を(はげ)ましてくれた少女は。一緒に遊んで笑顔にしてくれた年上の女の子は。 「初恋の相手が、実はななだったなんてな」  セピア色の答え合わせだった。  もう二度と会えないと思っていたのに。運命の巡り合わせと言うべきか。如何(いか)に解神秘学が発展しようと、世の中何が起きるか分からない。  それにしても、子ども時代の記憶はいい加減だ。当時恋したお姉さんは、喧しくて生意気な女子だった。思い出は美化されており、現実とは天地の差を呈している。 「あの時、堂島四季――ななは、俺を家まで送ってくれたんだろうな」  そして、その帰り道で小学校に立ち寄った。自分が次元の穴に飲み込まれ、記憶喪失の霊になるとは(つゆ)知らずに。 「へ、へー。ななが駆郎の初恋相手だったなんて。へー」 「ああ、うん。やっぱり忘れてくれ。余計な情報だった」 「無理言わないでよ」 「だよな……」  告白してから猛烈に後悔する。  馬鹿正直に話す必要なかっただろうに。秘密にするのは卑怯だ、伝えるべきだと思い込んでいた。覆水盆に返らず。数分前の自分にドロップキックしたくなる。  羞恥心で脳味噌が()で上がりそうだ。ななも恥ずかしいのか、もじもじと身悶えしている。「そっか」とか「おんなじだ」とか、ボソボソ呟いているも、その意味は窺い知れない。 「ねぇ駆郎。ちょっとお願いがあるんだけど」 「な、なんだよ改まって」 「目、(つむ)って」 「いきなりどうした」 「いいから早くっ!」  急に命令して今度は何だ。感情の乱高下が激しくてついていけない。やはり乙女心は難敵だ。己の手に余る。  言われるがままに目を閉じる。  ビジネスパートナーから突然衝撃の事実を伝えられたのだ。怒り心頭なのだろう。グーかパーか、それともチョキが飛んでくるか。制裁の未来に身構えていたのだが……――ぷにっ。唇に柔らかい感触が伝わってくる。  思考が数秒フリーズ状態に。  これは、まさか。  その答えに辿り着いた駆郎は、かっと目を見開いた。 「この、何しやが……――え?」  しかし、そこには誰もいない。  四方八方、辺り一面見渡してもいない。  廊下にも教室にも、やはりどこにもいない。  ななが消えた。  跡形もなく、残す言葉もなく。  差し込む朝日を反射して、無数の(ほこり)が煌めき舞い落ちていた。
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