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終章:ふしぎななな
活気溢れる子ども達が賑やかに登校してくる。
本日にて一学期は終了。明日から始まる夏休みに皆浮き足立っている。
そんな生徒一同の流れに逆らい、駆郎は這う這うの体で下校する。目には隈、頬はこけて枯れる寸前。試験をやり遂げたはずなのに、晴れやかさとは正反対だった。
結局、ななはどこにもいなかった。
先程の件について、その真意を聞きたかったのに。
「無事に七不思議を片付け終えたようですね」
昇降口の陰よりぬるりと大地が現れる。毎度お馴染み折り紙回収の時間だ。本日の場合、試験終了の報告も兼ねている。
七不思議それぞれの顛末をレポートに認め提出しなくては。だが、どうにも気力が湧かない。病み上がりで本調子でないのもある。だがそれ以上に、心にぽっかり穴が開いてしまったせいだ。魂がぽろぽろ零れ落ちていく心地だった。
「おや、いつものうるさい霊がいないようですが」
大地が不思議そうに辺りを見回している。
なながいない。試験中、ずっと貼り付いていたはずなのに。また厄介事に巻き込まれたのか、と勘ぐっているのだろう。
だが、そうではないのだ。
「さぁな。どこかに行っちまったよ」
「というと?」
「満足、したのかもな」
恐らくもう、ななはこの世にいない。
記憶喪失で未練の所在が不明の霊だった。果たされぬ願いは何なのか。それを探るには全てを思い出す必要がある。
快く浄霊されたい一心だったのに。
彼女は突然キスをして、何も言わず消えてしまった。
きっと己の本名を知り、失われた記憶を取り戻したのだろう。隠されし未練が何か気付いた。あるいは、全てを思い出したこと自体が引き金になった。
ななは浄霊されたのだ。
最後のキスは感謝の印かもしれない。
この一ヶ月、共に七不思議の解決に奔走したバディとして。自分を浄霊に導いてくれた者への好意の証として。
――なんて、さすがに自惚れが過ぎるよな。
想像を超えて妄想の域だ。
不意打ちでキスされたせいで、未だ混乱の渦中なのかもしれない。
――じゃあ、なんでななは消えたんだよ。
分からない。
相棒で、依頼主で、唯一無二の仲間だった、少女の気持ちが分からない。
「さて、天宮駆郎君」
顔を上げると、大地は眼前にて礼儀正しく屹立している。まだいたのか。いつもなら嫌味を吐いてすぐ立ち去っていたのに。
何か用でもあるのか。と、普段と違う様子を怪訝に窺っていると、
「試験も終わったことですし、不合格祈願に一杯付き合ってくれませんか?」
「何言ってんだ、お前」
これまた妙な提案をしてきた。
「いやはや。試験を無事やり遂げてしまうとは想定外でした。なので、無事あなたが不合格になるよう、あとは神頼みの験担ぎをしようかと」
言いたいことは分かったが、落ちてほしい相手と酌み交わすなんて意味不明だ。それに、解神秘学的に神も仏もないだろう。信じられるのは己の力だけである。
しかし、提案自体は悪くない。
「別に付き合ってもいいが、まだ飲める歳じゃねぇだろ俺達」
「だからこそ、ですよ。安く済むじゃありませんか」
「ああ、そうかい」
理由はなんでもいい。とにかく今は飲みたい気分だ。
かつての親友と共に、エスプレッソをショットで大量に流し込んでやる。
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