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小学校南側校舎の四階。
市松人形が鎮座する空き教室がつぼみの定位置だった。
「あー、暑い。蒸し暑くて何もやる気が起きないわ」
夏真っ盛り。
おかげで校舎はどこも灼熱地獄と化している。幸か不幸か、現在進行形で夏休み。児童が集まらないので開店休業状態だ。たまに来るのは補習授業の子どもくらい。見回りが楽で嬉しいそうだが、代わりにどこも冷房停止中で環境は最悪。例外は職員室くらいだが、大人の巣窟にはいたくないらしい。
プールから子ども達のはしゃぐ声が響いてくる。芋洗いのぬるま湯で何が楽しいのか、とつぼみは斜に構えていた。
結局、暫定彼女の部屋――空き教室で暇を潰す他なかった。
霊体から染み出す汗で衣服はべたつき、つぼみの肌にぴったり貼り付いてくる。ゴスロリチックな洋服が今の普段着だ。生前、目立ちたいがために着ていたお気に入りらしい。黒を基調に赤の差し色で、どことなく市松人形の色彩を彷彿とさせる。人形霊を演じていたのは、親近感を抱いた故かもしれない。
「こうも暑くてじめじめしてると気が滅入るわね」
窓を開けても快適さとは程遠い。
日本の夏特有の気候が憎らしいとのこと。だが、最大の原因は他にあり、その元凶は床に転がっている。
「まったく、いつになったら帰ってくれるのかしら」
つぼみが辟易と見下ろす先、部屋の隅で縮こまる白い影法師。つぼみとは対照的な純白のワンピースを纏う少女がいた。陰気な霊力をじわじわ放ち、そこら中に茸が生えそうな湿気をもたらしている。
「だってぇ。戻りづらいんだもん」
少女の、自分の名前は――なな。本名は堂島四季。
つい先日まで七不思議の解決に尽力した、とても優秀な霊である。
「だってもへちまもないでしょ」
「へちまもゴーヤも嫌いだもん」
なながつぼみの元に転がり込んだのは試験最終日のこと。
とにかく匿ってくれと言うと渋々受け入れてくれた。ほどなくして駆郎が探しに来るも非実体化でやり過ごした。それからというもの、つぼみの部屋にずっと居座り続けて今に至る。
「考えてみてよ。いきなりキスしちゃったんだよ。どんな顔して会えばいいんだろう。絶対もう無理だって」
「無理じゃないし。そのアホ面を突き出せばいいでしょ」
「アホじゃないもん」
「いやいや。ここに引き籠っている時点で相当だから」
どうしてあんなことをしたのか。なな自身、さっぱり分からなかった。
駆郎が好きなのかも、と己の恋心に気付いてしまい、それを必死に否定し続けてきた。なのに「初恋の人だった」と告白されて、衝動的に唇を重ねてしまった。
過去最大のやらかしだ。
恥ずかしくなって思わず逃走。そうこうしているうちに時は過ぎ、帰る機会を逸してしまった。
未だ記憶が戻っていないというのに。
本名が判明しただけで、具体的な思い出は何一つ蘇らず。それなのに、駆郎との約束を放り投げてしまった。
「あーもう面倒ね。さっさと告白すればいいじゃない」
「そんなのできないもん。だってななは霊だし、年の差だってあるし」
「一応あんたの方が年上でしょ」
「それにそれに。本当に駆郎のことが好きなのかよく分かんないし」
「だったら、キスは冗談でしたって謝ればいいでしょ」
「今更そんなこと言えないよぉ」
「いつまでも煮え切らないわね」
このやり取りも既に何度目だろうか。
うだうだと堂々巡りの問答を繰り返し、踏み出せぬまま時間を浪費するだけ。長引くほど余計帰りづらくなるのに。
溜息一つ。度し難い自分に呆れてしまった、そんな時。思考のループを遮るように、空き教室の引き戸がけたたましく開かれた。
「えっ」
どうして。
なんでここにいるの。
霊体の内部で激流が巻き起こる。とうの昔に止まったはずの鼓動に代わり、暴れ川と化している。
まさか、こんな場所で再会するなんて。
久しぶりの青年相手に声が出ない。ぱくぱくと口を開閉させるしかなかった。
(了)
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