第一章:一年二組を彷徨う霊

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「こいつは依頼人もとい依頼霊だ。自身を浄霊するために働いてるんだよ」 「それはどうも失礼いたしました。天宮駆郎君はロリコンではなくマザコンでしたものね」 「誰がマザコンだ」  まったくもって人聞きの悪い。  むしろ、母親の元を離れたくて一人暮らしを始めたのだ。あらぬ疑いに不満の意で(にら)み返す。  (たもと)を分かって以来、大地の底意地悪さが増している。 「へぇ。お兄さんって、駆郎のこと詳しいかんじなの?」  これまた余計なことに、ななが興味を持ったらしい。記憶喪失のせいで知識に貪欲なのだろう。どうでもいいことばかり学ばないでほしい。 「小学校からの付き合いだからね、彼の人となりは大体知っているよ。当時の成績表とか同年代からの評価とか。それに初恋相手もね」 「どんな人を好きになったの?」 「幼児期に偶然出会った女の子らしいよ。年上相手に一目惚れで――」 「その辺にしてもらおうか」  饒舌(じょうぜつ)に語る大地を遮り暴露大会を強制終了させる。  これ以上続けさせてしまえば駆郎は丸裸だ。早期に黙らせるのが賢明である。 「ここから先が面白いんじゃないか」 「お断りだ。お前に話したのが間違いだったよ。昔の自分を殴りたくなる」  ドロップキックでもなお足りないレベルの失態だろう。  初恋相手の情報は事実だ。故に性質(たち)が悪い。  振り返ってみれば大した話ではない。幼き頃、独り迷子になった時のこと。迷い込んだ公園で見知らぬ少女に出会った。その子は泣きじゃくる自分を慰めて一緒に遊んでくれた。それが初恋の瞬間だ。曖昧模糊(あいまいもこ)な思い出。記憶の奥底に埋まったセピア色の記憶である。  誰にでも一度や二度経験があるだろう。今更掘り返しても何の得にもならない。そっとしておいてほしい。 「ふぅん。冷血で薄情な駆郎にも、そんな可愛い頃があったなんてねー」 「今すぐ家から追い出してもいいんだぞ」 「うわ、やっぱり冷酷」  調子に乗る居候が(しゃく)に障る。この場で強制浄霊してやろうか、と悪い考えが鎌首(かまくび)をもたげてしまう。 「まぁまぁ。冗談はここまでにしましょうか」  散々人をおちょくった張本人が仕切り出す。  何処(どこ)吹く風とばかりに飄々(ひょうひょう)と、手帳の間より和紙に似た紙片を引き抜く。(つる)を模した折り紙だ。材質は駆郎が用いるお札とほぼ同じ。霊能力者が練り上げた魂を増幅させる効果がある。  因みに、製紙業者それぞれで製造方法に差異があり、その大半が企業秘密。仕組みに関しては完全なブラックボックスだ。霊能力者でも詳細は知らない。 「試験中は常にこれを身に着けてもらいます」  しゅるり、と。身をくねらせる(へび)のような手捌(てさば)きで、シャツの胸ポケットへと鶴を滑り込ませる。 「監視用か?」 「もちろん。有り体に言えばボイスレコーダーですよ」  曰く、録音機能を搭載したお札とのこと。市販品の機器よりも軽量且つ高性能のため、試験中の行動をコレに記録するらしい。これから一ヶ月弱の間、逐一回収して行動をチェックする。それが大地なりの監視という訳だ。 「一ヶ月ずっと密着取材は非効率的ですし、何より男二人べったりなんて気色悪いでしょう?」 「それには同意するよ」  同級生に見張られっぱなしでは居心地が悪い。ただでさえ頼りない助手を引き連れているのだ。ストレスは可能な限り減らすのが吉だろう。 ※  七不思議解決の試験が遂に始まった。  挑戦者である駆郎の後に続き、二階一年生のフロアへと向かっていく。  ――なんだか、わくわくしちゃう。  霊能力者の仕事という、特別なイベントに関われるからだろうか。  それもあるだろう。  しかし一番の理由は、駆郎の人となりが垣間見えたから、かもしれない。  つっけんどんな青年かと思いきや、実はマザコンで初恋を引きずっているとは。可愛らしい一面だ。真偽不明の情報だが新しいことが知れて楽しかった。  きっと生前も、知的好奇心旺盛な女の子だっただろう。自身の不鮮明な記憶を振り返りつつ、眼下の青年を見据える。  ――ちょっぴり態度は冷たいけど、悪い人じゃないんだよね。  もっと彼を知りたい。  だが、下手に突っつけば反感を買うだろう。それに、無知でいるのは嫌だが、知り過ぎるのも逆に悪いかもしれない。  結局、何も言い出せぬまま、現場に到着してしまう。  一年二組の教室。  女の子の霊が出る噂の震源地である。  これまでの目撃情報を纏めたところ、大凡(おおよそ)夕方になると姿を現し、日が沈むまでうろうろと、ひたすら徘徊(はいかい)し続けるとのこと。  霊なのに夜は消えてしまうのか。もしかして暗闇が怖いのだろうか。と、自身にも跳ね返る感想を抱いてしまう。
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