第一章:一年二組を彷徨う霊

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「そろそろ時間だな」  駆郎がスマートフォンで時刻を確認している。現在、午後四時過ぎ。夕方と呼べる時間だが、季節柄日が高くしっくりこない。実際、教室は煌々(こうこう)と明るいままだ。黄昏(たそがれ)時のイメージとはかけ離れている。  果たして、本当に女の子の霊は現れるのだろうか。  疑念に首を傾げた、ちょうどその時だった。 「やはり知っている奴だったか」  駆郎が意味深に(つぶや)く中、教室の中心に人影が浮かび上がる。まるで煙が集まるかのように、吹けば飛びそうな姿が構築されていく。  (あか)抜けない黒縁眼鏡に三つ編みのツインテール。地味なプリントTシャツにチェック柄のスカート。インドア派らしき容姿の女の子だ。  没個性的で普通の子どもだが、人間じゃないのは一目瞭然。その体は半透明であり、背景の教室が透けて見えている。  ななと同類、つまりは霊である。  背丈と出現場所からして、女の子の霊は小学一年生だろう。猫背で伏目の姿勢でふらふらと、当てもなく室内を彷徨(さまよ)っている。  ――凄くおどおどしてる。自信がないのかな。  教室には誰もおらず自由の身だ。もっと堂々とすればいいのに。霊の態度に疑問を覚えるも、それをかき消すように駆郎が現場へと乗り込んでいく。その場の空気などお構いなしだ。しかも、ご機嫌斜めのしかめっ面である。先程の一件が尾を引いているのかもしれない。  突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚いたらしい。女の子の霊は小動物よろしく飛び跳ねて、たちまち霧散し姿を消してしまう。後には霊特有の気配が残り香のように漂うだけ。本体は完全に見失ってしまった。 「逃げられたか」  駆郎は腕を組み不満を漏らす。  失敗の原因が分かっていないのか、逃げ足の速さに悪態をつくばかりだ。 「まったくもう。逃げるのも当然でしょ」  あまりにも察しが悪く、我慢できずに物申してしまった。  致し方ないだろう。駆郎一人では事態の前進は望めなさそうだ。助手として軌道修正してあげなくては。と、使命感に燃えてしまう。 「あのね。いくらあの子が霊だからって、大の男が急に来たら怖いに決まっているじゃない」 「そうなのか」 「ちびっ子の立場になってみてよ。見知らぬお兄さんが(しか)めっ面で近づいてくるとか不審者案件だから」  どんなに見た目が良くても態度で水の泡だ。信頼関係がない状態で距離を詰められたら誰だって拒否反応を示す。  そう考えると、見知らぬ相手を尾行した自分は相当異端だった。と、今更ながら己の不用心さを反省する。駆郎がまともな霊能力者でよかった。下手な相手なら今頃強制浄霊されていたかもしれない。 「不審者は言い過ぎだろ」 「通報されたくないなら反省と改善は必須だよ」 「腹立つが一理あるな」  ばつが悪そうに駆郎は(ほお)()いている。  周囲にどう見られているか、やっと理解し始めたらしい。ほとんど大人なのに手のかかる男だ。と、呆れた瞬間、駆郎の筋肉質な体躯は高速回転。前方宙返りの要領で床に胴体着陸した。 「どうだ、必殺キックの威力は!」  机と椅子を()ぎ倒して現れたのは、フリル華やかな子供服を身に纏う女の子。どうやら彼女が跳び蹴りを繰り出したらしい。おかげで駆郎は錐揉(きりも)み回転する羽目になったのだ。予想外の一撃で顔面を強打して立ち上がれずにいる。 「……痛ぇ」 「あれれ、何してるのおにーさん?」 「お前が蹴ったんだろ」  女の子はきょとんと棒立ちだ。自分が蹴り飛ばした相手にこの態度とは、暴君のようなお姫様である。さすがのななも開いた口が塞がらない。 「なんなの、この子」  そんな率直な感想は、女の子の耳に届かなかった。 ※ 「つまり君は、霊と間違えて俺にキックを食らわせた、と」 「そーだよ。()らしめてやろうと思ったの」  痛む背中をさすりながら、駆郎はとある女児に事情聴取をしていた。  彼女の名前は大鳥(おおとり)風羽(ふう)。一年二組に所属する生徒だ。可愛らしい名前と衣装とは裏腹に、すぐに手が出る暴虐無人な女の子。見ず知らずの相手を蹴り飛ばしても平然としている。ある意味大物だ、と悪い意味で感心してしまう。保護者はどんな教育をしているのだろうか。 「それでねそれでね。朝もお昼も風羽の周りでうろうろしてるの。その度に、うがーって追い返しているんだけどね。とってもしつこいんだから」 「一年二組の霊に午前中から付きまとわれているのか」 「そうなんだよっ。他の子はね、出るのは夕方だけって言うけど。本当は風羽の近くにいたりするの」 「実体化しているのは夕方のみ。普段は教室のどこかに潜んでいる訳だ」 「お部屋の隅っこによくいるよー」 「風羽ちゃんは、その霊が怖くないのか?」 「ぜーんぜん。だって普通の格好してるし、それにそれに、すっごく弱そうだもん」
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