第一章:一年二組を彷徨う霊

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 稚拙(ちせつ)な語りを(まと)めると、以下のようになる。  霊の活動が活発になるのは夕方のみ。日中は一年二組の教室で息を潜めている。他の生徒は感知できないが、風羽は霊の存在に気付いている。そのせいか度々付きまとわれて大迷惑。ことある事に追い返しているがしつこく、接触の頻度は一向に改善の気配なし。いい加減にしてほしいと思い、ガツンと一発入れるため出現時間を狙い攻め込んだ。  といったところだ。  つまり、風羽の我流霊退治に巻き込まれ、キックを食らった訳である。  他の生徒や教師は噂を怖がり、夕方の教室には誰も近づかない。生きている人間はいないはずなのだ。そのため、駆郎の影を霊と勘違いしたらしい。名誉の負傷としておこう。  霊相手に怯まず立ち向かうとは。なんとも豪胆な子である。  ――いや、そんなことはどうでもいい。  問題なのは霊の目的、そして風羽が何故霊を視認できるのか、である。  彷徨うばかりと思いきや、特定の生徒相手に接触を図ろうと積極的。何のためだろうか。一山いくらの霊が霊能力者に執着するのはよくあることだ。コミュニケーションがとれる相手を欲して執拗(しつよう)に追い回してくる。だが、風羽は霊能力者ではない。ななの存在に気付いていないのが良い証拠だ。  とすると、霊自身に「風羽と関わりたい」という強い意志があるのだろう。未練が原動力たる霊は、切なる願いを力に変えて、現実世界に関わろうとするのだ。結果、一般人の風羽でも見えるようになった。 「風羽ちゃんは、あの霊が誰か知っているのか?」 「全然だよー」  残念ながら、正体に関する手掛かりはなし。  もっとも、それは当然の結果だ。一年二組の霊は、駆郎の小学生時代以前より彷徨い続けている。夕方に出現する光景も幼少期に目撃した。つまり、風羽が生まれるより昔から居座る霊なのだ。知り合いという線は限りなく薄い。  と考えると、奇妙なのは今更七不思議入りしたという事実だ。ここ数ヶ月、噂に名を連ねるほど活発になり、一人の生徒に執着し始めた。他の七不思議と関係があるのだろうか。相互に影響し合っている可能性も否めない。 「謎が深まったな」  風羽が下校し、教室には駆郎一人とおまけが一匹。  教室のど真ん中で腕を組み(うな)っていると、そのおまけが満面の笑みで上方から覗き込んでくる。 「ふふん。ななの出番が来たかんじじゃない?」  蝙蝠(こうもり)よろしく逆さで現れる霊一人。助手のななは自信満々に胸を張っている。不思議なことに、ワンピースのスカートは重力に逆らい(めく)れずふわふわ中身が見えず。霊体故の安心安全設計だ。 「名案でもあるような口ぶりじゃないか」 「そのとーり。霊の女の子との仲を取り持つ役を、このななが引き受けてあげましょうっ!」 「随分と偉そうだな」 「駆郎が不甲斐ないんだもん。ななが一肌脱ぐしかないよね?」 「人体模型にでもなるのか」 「皮膚は脱ぎません」  若干(とげ)はあるが、(おおむ)ね正論なので受け入れざるを得ない。  人間関係()いては霊魂関係の構築が不得手で、善良な霊とのコミュニケーションに軋轢(あつれき)をもたらしている。霊能力者として致命的だ。実際、ファーストコンタクトは大失敗。盛大に怖がらせて第一印象は最悪だろう。  その点、ななは同じ女性()つ子どもの霊であり、安心感は段違いだ。駆郎が担うよりもよほど良好な関係を築けるだろう。適材適所である。  助手任せで悔しいが、ここは彼女の手腕に期待するしかない。 「よし、パイプ役は頼んだぞ」 「まっかせなさい!」  そんなこんなで翌日の夕方。  人気(ひとけ)のない一年二組の教室前、廊下の陰にて待ち伏せだ。  今回はななだけが霊と接触する。駆郎はしばらく待機だ。二日連続で失敗しないための措置である。  かくして午後四時過ぎ。  教室の中央にて人影が揺らめいた。  昨日と寸分違わぬ時と場所で、おさげ髪の地味な霊が徘徊し始める。 「それじゃ、行ってくるねー」  まるでコンビニエンスストアに行くような気軽さだ。  ななは宙に浮き、教室へと優雅な足取りで潜り込む。  全ては彼女の働きにかかっている。こちらからの手助けは不可能。というよりも、邪魔になるだけなのでノータッチだ。ひたすら成功を祈るしかない。  引き戸の隙間からそっと中の様子を(うかが)う。ななとおさげの霊が何やら話し合っている。いわゆるガールズトークだろうか。和気藹々(わきあいあい)と花を咲かせている。  これはひょっとすると、うまくいっているのだろうか。 「駆郎ー、もう入ってもいいよー」  ななの許しが出たのは、接触開始からものの一、二分後だった。  作戦は想像以上の成果だ。こともなげに駆郎の不得意分野を補ってくれた。最初から彼女に任せておけばよかった、と無意識に溜息が出てしまう。
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