恐怖の生体実験

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 精神科医の権威、作田(さくだ)東南大学名誉教授は、この国の政策を知った時、「こんなのメチャクチャだ」と呟いた。  隣国からのプレッシャーを受け続けて、徴兵制が復活したものの、まだまだ人員不足は解消されそうもない。そこで苦肉の策で国は東南大学で極秘開発した薬品、P777の人体実験に踏み切った。   これをガス状にしてバラまけば、セロトニンが敵兵の脳内で大量に発生して、パニックを引き起こしてしまう。  開発者たちは「どんな英雄でも、子猫を見せただけで悲鳴をあげるような臆病者に変身してしまいますよ」と、胸を張った。  その言葉通り、結果は満足できるものだった。  被験者は例外なく動悸、発汗、身震い、めまいなどの表情を訴え、しまいには頭を抱えて怯えだし、中には失神するものさえ現れる始末。これがつい三分前までは、厳しい訓練をもろともしない屈強な自衛隊員たちと誰が信じるだろう。  この実験に立ちあった陸上自衛官、仁藤(にとう)三佐は浮かぬ顔の佐田に「先生、そんな顔をしないでください。大成功じゃないですか。この薬品をガスにしてドローンやミサイルで敵国に送れば、たちまち敵兵は臆病になり役に立たなくなります。士気が下がるどころか、我々を攻撃しようとも思わなくなるでしょう。人が死ぬわけじゃなし、実に平和的じゃないですか」  作田の顔は曇ったままだ。  「はたしてそうでしょうか? 人の心理というものは思わぬ副作用を生むものです。とにかく第二段階の実験を行ってみましょう。それであなた方にも、なぜ私が心配していることがわかるでしょう」  その第二段階の実験が終了した後、P777の開発は中止となった。  なぜなら模擬戦をおこなったのだが、パニックを起こした被験者たちは怯えて一発の弾丸も撃たなかったものの、すぐに仮に設置されたレプリカの核ボタンを押してしまうのだ。  三回試して、三回とも同じ結果が出て、佐藤三佐を含む関係者を驚愕させた。  「こ、これはどうしたことだ! てっきり降伏するものと考えていたのに!」  すると、首を横に振りながら作田は、その疑問に答えた。  「それは危機的状況においても、冷静に判断できる人間の考え方ですよ。パニックになった人間は、とりあえず恐怖から逃れるために、深く考えもしないで過激な方法をとってしまうんです」  「しかし、それじゃ、自分も滅んでしまう!」  という、三佐の意見に佐田はため息をついた「まだわかりませんか? 相手はパニックを起こしてるんですよ、まともな判断なんかできるわけがないじゃないですか!」  これには関係者は誰も反論できず、黙り込むしかなかった。                               了  
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