コグマとアニキ

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 食料を調達してホテルに戻ったときには食欲など失せてしまっていた。コグマのせいだ。全国展開のドーナツショップに着くと、細い瞳がどことなく輝きを帯び、短い脚をせかせか動かしてショーケースの前にへばりついた。  他の客の邪魔になるからとガラス扉からべりっとコグマを引きはがす。その光景に近くにいた子供たちから注目の的となってしまった。  昨今では喋ったり動いたりするぬいぐるみはそこまで珍しいものではない。精巧な造りの物が多く、特に御子柴ホールディングスのAI技術は群を抜いていた。言葉巧みに話すぬいぐるみや人形があれば誰しも御子柴ホールディングス製だと思い、「さすが世界の御子柴だ」とため息交じりに呟くのである。  ただ、成人男性がそんなぬいぐるみを脇に抱えているのは別の意味で目立つ。早くこの場を離れたい。陸はショーケースの端から適当にドーナツを選び、会計窓口に持って行った。こちらで食べて行かれますか? という店員の問いには全力で否定した。  こんな所でコグマと向かい合ってドーナツを食べるなんて何の罰ゲームだ。いいから早く会計してくれと陸は罪のない店員を睨みつけた。  陸自身はマクドナルドか何かを食べようと思ったが、周りの好奇の視線に耐え切れず、適当に買ったドーナツを部屋で食べることにする。
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