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「おい、陸」健二が陸を呼び止める。
「何? 健二さん」
「この後、一度自宅に戻れ。相続の話がある」
「……相続なら、俺には関係ないだろう」
「いいから。弁護士の先生がお前にも同席するように言ってる」
健二の言葉に陸は黙って頷いた。血が繋がっていない陸が相続するような物など何もないだろう。行ったところで陸が惨めになるのは分かっている。ただ、そんな思いも今日で最後だ。陸は自分にそう言い聞かせ、御子柴家に向かった。
「勝伍様からの遺言を読み上げます」黒髪に銀縁眼鏡、黒のスーツに身を纏った、弁護士のイメージを裏切らない男は表情を一つも変えず、勝伍からの遺言を読み上げた。内容としては、会社はそのまま健二に継ぐようにという内容だった。神妙な面持ちで弁護士を睨みつけていた健二の表情がふっと緩んだ。
安堵しているのだろう。勝伍の会社が丸ごと自分の手に入ったのだ。傍では健二の妻も同様に安心しているのが目に見えた。小学生の息子は話を理解しているわけもなく、畳の上で寝転がりながらゲームに興じている。健二が亡くなった後はこの息子が会社を継ぐのだろう。陸の知らないところで勝伍の会社の形が変わっていく。わずかな寂しさを覚えた。
「そして、陸様にはこちらをお渡しするようにと」弁護士は小型の木箱を恭しく掲げた。横幅三十センチはあるだろうか。宅配便なら小型の荷物に分類されるような形状だ。とてもこの中に現金が入っているとは思えない。健二は驚き目を剥いている。陸に相続させるような物があったのか、そんな顔だった。自分は会社という安泰と財産を継いでおきながら、陸がどんな小さな物でも手にするのが気に入らないらしい。その瞳には物の内容次第では奪ってやるという怒りが滾っていた。
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