好物

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その翌日、休憩所を出たところで出くわした城田は、マスク姿だった。 「城田さん、風邪ですか?」 「ああ、いや、まあ……」 城田が濁すような言い方をし、何か聞いてはいけないことを聞いたような、おかしな空気に包まれた。 何かの感染症なのかもしれないし、知られたくない事情があるのかもしれない。もしかすると、顔バレしたくないという理由でマスクを着けることもあるかもしれない。たとえば、苦手な客が来るとか……。こういう時は下手に詮索しないほうがいいだろう。 「お大事になさってください」 彩葉はそれだけ言ってその場を後にした。 小姫に言われた言葉が一瞬頭を過ったが、体調が悪い城田を誘うのは配慮に欠ける、という判断くらいはつく。小学生でもあるまいし――。 それでも、しばらく食事に誘うことができなくなりそうだと、少し残念に思う気持ちはあった。 驚いたことに、翌朝見掛けた城田はもうマスクを着けてはいなかった。やはり風邪ではなかったということだろう。 その日、会社を出ると、信号待ちしている城田の後ろ姿を見付けた。勇気を出してもう一度誘ってみようかと考えていると、彩葉の横を駆け抜けていった男性が城田の横で足を止めた。 「城田さん、お疲れっス!」 「おう、中村、お疲れ!」 「城田さん、今から飲みに行かないっスか?」 「おー、いいねえ」 相手は城田と同じ営業部の中村だった。城田はいとも簡単に誘いに乗って、中村と共に雑踏に紛れた。 絶好のチャンスだったのにと、彩葉はタッチの差で先を越されるという自分のタイミングの悪さに自嘲した。 これで、また延期になってしまった。
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