好物

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残業を終えた彩葉が帰り支度をして席を立つと、「お先です」と城田の声がフロアに響いた。目障りだったパーティションのおかげで、城田の姿は見えない。 駅までは一本道で、城田と一緒になりそうだと判断した彩葉は、行きたくもないトイレで時間を潰してから会社を出た。 城田に避けられることを恐れて、このところの彩葉は逆に城田を避けるようになっていた。脈なしどころか、嫌われている可能性もあると感じたからだ。城田の様子がおかしくなったのは、どう考えても彩葉が食事に誘ってからだった。 社内恋愛は成就すればメリットが多いが、そうでなければ――地獄だ。 これからどうしようかと考えながらぼんやり歩いていると、いるはずのない城田の姿が目に飛び込んだ。一瞬幻覚を見たのかと気が動転したが、城田が提げているコンビニの袋を見て状況を理解した。 仕方なく、彩葉は追いつかないようにペースを落として歩いていたが、不意に城田が振り返ったことで逃げ場を失った。 「あ、前園さん、お疲れ様」 「あっ、城田さん! お疲れ様です」 彩葉は今気付いたとばかりに驚いた声を上げ、動揺を隠しながら笑顔で挨拶を返した。 けれども、マスク姿の城田と世間話をしながら駅に向かっているうちに、もやもやとした気持ちが湧き上がり、抑えきれなくなっていた。 「あの、城田さん……もしかして私のこと避けてましたか?」 思わず口にしていた。 「えっ」 城田が声を上げ、視線を彷徨わせている。 「私が突然食事に誘ったのがまずかったですか?」 嫌われついでにと、彩葉は核心を突くような質問を投げかけた。 「いや、違うよ! それは違う!!」 怒りと焦りが入り交じったような口調で、はっきりと否定する城田の力強い目力に気圧されて言葉を詰まらせた彩葉だったが、その後の黙り込んで歩く城田の様子をどう捉えていいのか考えあぐねた。 信号が赤になり、気まずい空気の中で立ち止まった。
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