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「邪魔をしない程度に遠ざけておきたいのに、近付ける時には安らぎを得たいのですか?かなり我が侭な好みですね」
「好みなど、元々我が侭なものだろう。誠実な人間であっても、数多くの他人の中から、ああでもないこうでもないと条件を連ねて吟味して、たったひとりのパートナーを選ぶのだからな。それでもなお、いざ付き合ってみたら実は耐え難い不具合があったことに気付いて、破局する恋人も夫婦もあとを絶たん。ならば、3つくらいは一切の妥協をせずに選んで長続きした方が良いに決まっている」
「すごい開き直りですが、ドクターが言うと全て真理に聞こえます」
「私が断言することは真理だ。わからんことは正直にそう言うのが、科学者の正しい態度というものだ」
3つ言い終えて、蓮見は思った。何で、自分ばかりが語らねばならんのだ?
「貴女の好みのタイプも言ってみろ」
「興味があるのですか?意外です」
「貴女は、誰にも彼にも愛想がいいからな。3つもいらんか?“全人類”のひとことで済んでも、私は別に驚かん」
「ふふっ、流石にそれはありません。少なくとも、お金とお酒と女性関係にだらしのない昭和の演歌のような男性には、全員私のヒールで穴を開けても構いません」
「少しは構え。お前なら気絶程度に調節することなど容易いだろう」
人当たりのいい美人だが、物騒だ。物騒だから著名な発明家で資産家の蓮見のボディーガードも兼任しているのだが。
取り敢えず、蓮見は金と酒と女にだらしなくする暇も無い研究生活なので、縁の地雷にならずに済むようだ。
「私でも、3つくらいは挙げられますよ。そうですね、ひとつめは…」
縁は言った。
「高身長」
「…………」
蓮見は、3秒の間隔を置いて縁を見た。
「お前は、体から入るのか」
「そこまで生々しい感じではありません。すらりとした印象、という意味です。ですから、横幅があったり筋骨隆々としていたり、背が高いというよりも大柄という印象の場合は対象から外れます。いっそモヤシがいいと思います。私が強いので。因みに、すらりとした高身長は足も長いというオプションが付くので素敵です」
モヤシでも素敵なのか?変わった趣味だが、美しくも怖い女・縁には弱者を守ってあげたい願望があるのかも知れない。
「では、単に足が長い、でもよかろう」
「ひとめで足が長いと足に目が行くのは、私の場合戦闘の視点です。手足が長いのはリーチが長いということですが、好みという話題でしたら私はあまり戦闘仕様になりたくありません」
「成程?」
確かに縁は小顔で8頭身で身長172cmと女性では長身なので、隣を歩くのは高身長の男がいいのかもしれない、が。
「これに高学歴と高収入がくっつけば、バブル期の女の身の程知らずな条件と同じになるな」
「特に批判されるべき価値観ではないと思いますよ?ドクターの言葉を借りるなら、女性の方も男性の中身が同じレベルなら、低学歴低収入低身長よりも、高学歴高収入高身長の男性を選ぶのは当たり前です」
「事実だが、お前も容赦無いな」
「…と、ドクターが言ってはいけないと思いますよ?」
「何故だ?」
にこりと、縁が笑った。
「ドクターが、高学歴高収入高身長の素敵な男性だからです。そうでない男性には勝ち誇った嫌味に聞こえます。八つ当たりで銃弾のひとつやふたつ、飛んでくるかも知れませんよ?私が素手で叩き落として差し上げますが」
「…………」
コイツはいつも笑顔で、褒められたのか窘められたのかわからん、と蓮見は思ったが突っ込まずに次に進んだ。
「ふたつ目は何だ?」
「目が悪いひとです」
「……変わった好みだな」
「そうですか?目が悪いひとの多くは、眼鏡をかけているでしょう。眼鏡をかければ男は3割増とは昔から言われていることです。男性はしゃれのめしてコンタクトレンズなどしていないで、潔く眼鏡をかければいいと思います。でも、裸眼で十分なのにファッションで眼鏡をかける男性はイマイチです。眼鏡は医療機器なのですから」
蓮見は、今エスプレッソを飲んでいる途中だったら、むせていたかもしれないと思った。
自意識過剰だと自分でも思うが、蓮見は184cmの高身長のモヤシだ。足ではなく胴が長いのかもしれないが、どうでもよいので深く考えたことはなかった。
しかし、近視と乱視が強いので、潔く眼鏡をかけている男だ。
……が、実はコンタクトレンズを入れるのが怖い、という秘密は棺桶まで持っていきたいと思っている。
蓮見は、ズレてもいない眼鏡を直しつつ、自分の動揺は脇に置いておくことにした。
「…3つ目は?」
「頬擦りをすると痛そうな人です」
「…………」
蓮見は、自分の頬から顎を撫でた。……ヒゲが伸びている。多分、見苦しい感じに。
思えば3日剃っていない。逆撫でするとじょりじょり感がある。
頬擦りなどしたら、縁の真珠のような肌にヤスリをかけるように痛いことになりそうだ。
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