前略 敬愛なる科学者様、実は黙ってくちづけをしてしまったのですが

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Page 2 「邪魔(じゃま)をしない程度(ていど)(とお)ざけておきたいのに、近付(ちかづ)ける時には(やす)らぎを()たいのですか?かなり()(まま)(この)みですね」 「好みなど、元々()(まま)なものだろう。誠実(せいじつ)な人間であっても、数多くの他人の中から、ああでもないこうでもないと条件(じょうけん)(つら)ねて吟味(ぎんみ)して、たったひとりのパートナーを選ぶのだからな。それでもなお、いざ付き合ってみたら実は()(がた)不具合(ふぐあい)があったことに気付いて、破局(はきょく)する恋人も夫婦もあとを()たん。ならば、3つくらいは一切(いっさい)妥協(だきょう)をせずに(えら)んで長続(ながつづ)きした方が良いに決まっている」 「すごい(ひら)(なお)りですが、ドクターが言うと(すべ)真理(しんり)に聞こえます」 「私が断言(だんげん)することは真理だ。わからんことは正直(しょうじき)にそう言うのが、科学者の正しい態度(たいど)というものだ」 3つ言い終えて、蓮見(はすみ)は思った。何で、自分ばかりが(かた)らねばならんのだ? 「貴女(あなた)の好みのタイプも言ってみろ」 「興味(きょうみ)があるのですか?意外です」 「貴女(あなた)は、誰にも彼にも愛想(あいそ)がいいからな。3つもいらんか?“全人類”のひとことで()んでも、私は別に(おどろ)かん」 「ふふっ、流石(さすが)にそれはありません。少なくとも、お金とお酒と女性関係にだらしのない昭和の演歌(えんか)のような男性には、全員私のヒールで(あな)()けても(かま)いません」 「少しは(かま)え。お前なら気絶(きぜつ)程度(ていど)調節(ちょうせつ)することなど容易(たやす)いだろう」 人当たりのいい美人だが、物騒(ぶっそう)だ。物騒だから著名(ちょめい)な発明家で資産(しさん)()の蓮見のボディーガードも兼任(けんにん)しているのだが。 ()()えず、蓮見は金と酒と女にだらしなくする(ひま)も無い研究生活なので、(ゆかり)地雷(じらい)にならずに()むようだ。 「私でも、3つくらいは()げられますよ。そうですね、ひとつめは…」 (ゆかり)は言った。 「高身長」 「…………」 蓮見は、3秒の間隔(かんかく)()いて縁を見た。 「お前は、体から入るのか」 「そこまで生々(なまなま)しい感じではありません。すらりとした印象、という意味です。ですから、横幅(よこはば)があったり筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)としていたり、背が高いというよりも大柄(おおがら)という印象(いんしょう)の場合は対象(たいしょう)から外れます。いっそモヤシがいいと思います。私が強いので。(ちな)みに、すらりとした高身長は足も長いというオプションが付くので素敵(すてき)です」 モヤシでも素敵なのか?変わった趣味だが、美しくも(こわ)い女・縁には弱者を守ってあげたい願望があるのかも知れない。 「では、単に足が長い、でもよかろう」 「ひとめで足が長いと足に目が行くのは、私の場合戦闘(せんとう)の視点です。手足(てあし)が長いのはリーチが長いということですが、好みという話題でしたら私はあまり戦闘(せんとう)仕様(しよう)になりたくありません」 「成程(なるほど)?」 確かに縁は小顔で8頭身で身長172cmと女性では長身なので、(となり)を歩くのは高身長の男がいいのかもしれない、が。 「これに高学歴と高収入がくっつけば、バブル期の女の()(ほど)知らずな条件と同じになるな」 「特に批判(ひはん)されるべき価値観ではないと思いますよ?ドクターの言葉を()りるなら、女性の方も男性の中身が同じレベルなら、低学歴低収入低身長よりも、高学歴高収入高身長の男性を選ぶのは当たり前です」 「事実だが、お前も容赦無(ようしゃな)いな」 「…と、ドクターが言ってはいけないと思いますよ?」 「何故(なぜ)だ?」 にこりと、縁が笑った。 「ドクターが、高学歴高収入高身長の素敵な男性だからです。そうでない男性には勝ち(ほこ)った嫌味(いやみ)に聞こえます。()()たりで銃弾(じゅうだん)のひとつやふたつ、飛んでくるかも知れませんよ?私が素手(すで)(たた)き落として差し上げますが」 「…………」 コイツはいつも笑顔で、(ほめ)められたのか(たしな)められたのかわからん、と蓮見は思ったが突っ込まずに次に進んだ。 「ふたつ目は何だ?」 「目が悪いひとです」 「……変わった好みだな」 「そうですか?目が悪いひとの多くは、眼鏡(めがね)をかけているでしょう。眼鏡をかければ男は3割増(わりまし)とは昔から言われていることです。男性はしゃれのめしてコンタクトレンズなどしていないで、(いさぎよ)く眼鏡をかければいいと思います。でも、裸眼(らがん)で十分なのにファッションで眼鏡をかける男性はイマイチです。眼鏡は医療機器(いりょうきき)なのですから」 蓮見は、今エスプレッソを飲んでいる途中(とちゅう)だったら、むせていたかもしれないと思った。 自意識(じいしき)過剰(かじょう)だと自分でも思うが、蓮見は184cmの高身長のモヤシだ。足ではなく(どう)が長いのかもしれないが、どうでもよいので深く考えたことはなかった。 しかし、近視と乱視が強いので、(いさぎよ)く眼鏡をかけている男だ。 ……が、実はコンタクトレンズを入れるのが(こわ)い、という秘密(ひみつ)棺桶(かんおけ)まで持っていきたいと思っている。 蓮見は、ズレてもいない眼鏡を直しつつ、自分の動揺(どうよう)(わき)()いておくことにした。 「…3つ目は?」 「頬擦(ほおず)りをすると(いた)そうな人です」 「…………」 蓮見は、自分の(ほお)から(あご)()でた。……ヒゲが()びている。多分、見苦しい感じに。 思えば3日()っていない。逆撫(さかな)でするとじょりじょり感がある。 頬擦(ほおず)りなどしたら、縁の真珠(しんじゅ)のような(はだ)にヤスリをかけるように痛いことになりそうだ。
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