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Page 3
蓮見は普段から、髪もそこそこ寝癖が取れていればいい、と思う程度にヒゲも大雑把で、週に2回くらい剃ればいいと思う程度に実は面倒くさい。
「私は、別に無精ヒゲではないぞ。日頃の習慣だ」
「知っています。毎日剃るのはお肌に負担がかかるのでしょう?」
……確かに、そんな言い訳をしたことがある、と蓮見は思い出した。言われるまで忘れていた。
そして、縁は花のように笑った。
薔薇だろうか、牡丹だろうか、と一瞬真面目に考えてしまった自分に、蓮見は軽く眩暈を感じた。
「ドクターは、私が言った高身長で潔く眼鏡をかけていて頬擦りをすると痛い男性は自分で、私の好みはドクターのような男性だと思ったのですか?」
「…………」
蓮見は、今自分は自分の高身長よりも深い墓穴を掘ったと、伸びたヒゲがちくちくする頬に熱を感じた。エスプレッソのカップをデスクの脇に寄せると、スリープ状態になっていたPCを起動させた。
「知るか。何とでも言え。…休憩は終わりだ」
決まりが悪く、殊更に不機嫌な声だと自分でも思った。
本当は、蓮見も自分で気付いていたのだ。
縁は、蓮見にとって友人でもなければ知人でもない。しかし、どちらにも属さないからと言って、決して『曖昧な存在』ではないのだと。
「はい。お邪魔しました」
蓮見がそちらの方を見ないまま、縁はいつも通り丁寧な言葉で言い、静かにトレイにふたり分のカップを載せる音が聞こえた。
「私は、ドクターの好みとは程遠いですね。こうして、しょっちゅう研究や休息の邪魔をしてしまいますし、…今日は怒らせてしまって、ドクターに安らぎを与えられる人とは程遠いですから」
思わず蓮見が縁を見ると、縁はいつも通り穏やかに微笑していた。
「食事の時間になったら呼びに来ますけれども、ドクターが集中していて5回…いいえ、3回声をかけても気付かないようなら、邪魔をしないようにそれ以上大声で呼ぶこともしませんし、肩を叩くこともしません。でも、温めればいつでも食べられるようにしておきますね」
「…っ、縁」
トレイを持とうとした縁の手を、蓮見は掴んだ。
縁が驚いた顔をしたのは、手を掴まれたからではなく、いつもは「おい」とか「お前」とか、良くて「貴女」なのに突然名前を呼んだからだろう。
「ドクターが私の名前を覚えているとは思いませんでした」
「私の頭脳を何だと思っている?」
「天才ですが、興味のないものについてはザルの頭脳とお見受けします。私の名字は他人と被ることが多いので名前で呼んで欲しい、…と言ったことが、ザルの目から流れ落ちていなかったことが意外です」
「…………」
流石は優秀な秘書。蓮見に対する理解度が高い。だが、
「馬鹿者が。私は、気付かないようならお前の馬鹿力で肩を揺さぶればいいと言ったぞ。忘れたのか?」
「ドクター視点ではそうかもしれませんが、馬鹿を2連打ですか?。貴女よりもお前の方が呼びやすいなら、そちらは構いませんが」
「本題ではないところに逸れるな。……私は、研究でも仮眠でも、お前が懲りずに妨げに来ても、邪魔ではない。それどころか、お前が訪れないのは落ち着かなくなった。…今も、怒ってなどいない」
蓮見は椅子から立ち上がると、縁を抱き寄せた。そして、身長差を感じながら、縁の唇を啄んだ。そのまま覆うように塞いで、自分でも余裕のないことだとくすぐったく思いながら、荒っぽいキスをした。
「……お前は、意地でもキスする時には目を閉じないタイプか」
「あ…あの…、ただ、驚いたので……」
「驚きついでに、お前は自分からキスするのは平気な癖に、されるのは頬を染める、実は純なタイプか?まあ、私は悪い気はしないがな」
蓮見は、縁の火照った頬に触れた。
「お前ほどの美人なら申し分ない。……私が惚れている以上、邪魔だと思う事はない。お前以外の秘書でもボディーガードでも、安心することはあるまいよ。完璧だ」
「……ドクター、それでは口説かれているように聞こえてしまいます……」
「聞こえないのなら、ハッキリ言うまでだな。私と一生を共にして欲しい。…縁」
「…………」
縁は、蓮見を見上げて、綺麗に笑った。
「もうひとつ、条件を追加してもいいですか?」
「好きにしろ。今の私に該当しないなら、努力する」
「情熱的なキスをしてくれるひとが好きです」
「…………」
そう来るかと、蓮見は汗で軽くずれた眼鏡を直した。
「特に努力は要らんな。…だが、目を閉じていろ」
End.
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