1.帰着

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1.帰着

 京で再会を果たした主碼と蓮之介が品川付近の六郷の渡しに辿り着いたのは、もう年も明け、2年が経とうとしていた1717年の正月であった。    神君家康公の名で五街道が整備され始めた頃は、大きな橋が架けられていた。しかし、多摩川(六郷川)の大洪水で流されてからは、船による川渡しとなり、今は川崎宿がその任を担っていた。  水夫は、18歳になった主碼を武家女と見間違えたのか、船着き場に足を下ろそうとした主碼にそっと手を差し出したものだった。 「足場が悪うござんすから」 「恐れ入ります」  主碼が柔らかく微笑むと、水夫はゴクリと生唾を呑んでその美貌に魅入ったのであった。が、後からドカリと音を立てて船着き場に降り立った長身の優男に睨みつけられ、慌てて他の乗客にも手を貸して逃げるように背を向けた。 「もう、折角親切にしていただいたのに」 「江戸はあんな野郎ばかりかと思うと、胃が痛くなるぜ」  今からなら、松村純瞠が診療所を開いている芝神明前には夕暮れまでには着けるだろう。  二人は途中の菓子舗で純瞠の好きな落雁を求め、手に手を取って、平安時代に創建された由緒ある芝神明社にお参りをし、門前で引き戸を開け放ったまま賑わっている診療所の前に立った。  主碼は目を輝かせた。男の医師だけではなく、白衣を着た女医師までもが、忙しそうに立ち働いているのである。  いつでも先を見て行動を起こす純瞠先生らしいと心を熱くする思いで診療所を見つめていると、騒がしい人だかりの奥から当の純瞠が飛び出してきた。 「先生! 」  蓮之介が威勢良く声をかけると、おうっ、と鯔背な返事が帰ってきた。しかし次の瞬間、蓮之介の横に立っている主碼を見て、純瞠は手にしていた医療箱を地面に落としてしまった。 「先生、お懐かしゅうございます、吉川主碼にございます」  主碼は、子供時代そのままの、卵型の滑らかな頰の上に並ぶ半月型の大きな目を潤ませて、深々と頭を垂れた。 「あ、ああ……」  口をあんぐりと開いたまま、純瞠は硬直してしまった。
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