2-2.土産話

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2-2.土産話

「そういや、幾つになったぇ、主碼よ」 「18に、相成りました」  艶やかな牡丹の如き主碼の笑顔に、再び純瞠が盃を取り落とした。 「ちょっと先生、手元危ないんじゃないんですか」 「うるせぇ……しかしまぁ、吾妻の寺で顔を泥だらけにして走り回っていた小童が、まさかこんな……小野小町が男でも頷けるってもんだ」  喩えが何やら焦点がボケているかのようで、蓮之介と主碼は同時に吹き出した。  そんな屈託のない笑顔は、やはり若い青年そのものである。 「吾妻藩の主だった家臣は、一色家へのお上の沙汰に不服な大名や旗本が召し抱えたって話だ。下士は、そうはいかねぇだろうが……」  思案気に目線を落とす主碼を見て、純瞠は言い淀んだ。  純瞠は、子供時代の主碼が、一色綱堅の叔父・宗膳の稚児となり、長じて綱堅寵愛の小姓として江戸詰になった経緯を知っている。  何度か、諦めろと蓮之介に言いかけたこともあった。  若さ故の気の迷いが友情と恋とを昏倒させているに過ぎぬと、歳の頃の似た女を紹介しようともした。筆下ろしに悪所に連れ出したことも一度や二度ではない。女の胸を見ただけで頬を赤らめるようなウブなままでは医者は勤まらぬと、半ば脅迫のようにして女を抱かせてみた事もある。かと言って、蔭間茶屋に連れて行けば、色子に言い寄られた途端に青ざめた顔をして厠に駆け込む始末。 『体だけの契りなんて、俺には無理だ、嫌だ……あいつに、会いたい……』  そう言って泣きながら吐き続ける弟子の背中をさすりながら、これはもう術なしと、正に匙を投げたものであった。  それ程までに弟弟子は一途で、相手の主碼はそれ以上に一途で……よくぞ添い遂げてくれたと、こうして笑って並ぶ二人の姿を見るだけで、純瞠は熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。 「先生……先生のおかげで、俺達ここまでやってこられたんです」 「純瞠先生、御礼の言葉もございませぬ」  膳を避け、2人は改めて手を着いて江戸帰着に至る感謝を表した。 「よせやい……いや、よくぞ二人で、手に手を取って戻ってきてくれたものだ」  鼻を啜る純瞠に、主碼は膝を詰めて酒を注いだ。 「おう、お前さんの酌たぁ、甘露だなぁ」 「先生……4年前、あの場から逃げ出した私は、恐らく小姓仲間からも恨まれていることでしょう。覚悟をして戻って参ったつもりですが……何か、お耳にしておられますか」 「一色の殿様は、信州高遠にお預けの身となったが、小姓連中の行方は容として知れねぇと。だが、代官所が置かれて幕府直轄となった吾妻は、領民達の反発が続いているらしいって専らだ」  純瞠は、それこそ高位の旗本や大名家にさえ出入りをしている。それ程に、蘭方医としての腕前は知れ渡るようになっていたのだ。当然、様々な情報を耳にすることが多かった。 「鳴りを潜めるってのは、何某かの思惑あってのこととも言えなくはない。さっき帰着したお前達を見て俺ァ腰を抜かすほど驚いたが、主碼よ、おめぇ、蓮之介に可愛がられすぎて、ちいと色っぽくなりすぎだぜ」 「え、そんな、もう、存じませぬ……」  主碼は頬を真っ赤に染めて、俯いてしまった。 「それそれ、それよ。そんなお色気ムンムンの武家娘の男装にしか見えねぇような若衆姿であの三途の川の両岸のような蛇骨長屋に住んでみろ、どんな悪タレを引き寄せるか」 「それならご心配なく、こいつ、腕は確かですから」  蓮之介が屈託なく、刀を振る素振りを見せた。  純瞠は額に手を当てて嘆息した。 「これだからおめぇは……いいかぇ、診療所にこんな色っぺぇのと夫婦然として収まってみろ、どんな因縁つけられるか知りやしねぇ。下町の掃き溜めにゃ、主碼は目の毒だ。だからよ、そうさな……表向きは兄弟ってことにして、婀娜で目立つ主碼は一応、名を変えた方が良いのじゃねぇかな」  蓮之介と主碼は、驚いたように顔を見合わせたのだった。
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