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5.差配
日を改め、二人は浅草寺にお参りをした後、蛇骨長屋へと足を向けた。
まずは広小路側の表長屋で小間物屋を営む大家の喜兵衛を訪ねた。
これだけの世帯数を差配する大家にしては、小体の商売であり、日本橋あたりの大店とは大分様相が違う。しかし、店にはよく女性客が訪れ、それなりには賑わっていた。
「これはこれは。首を長くして待っていましたよ」
白髪頭でお情け程度の細さの髷をやっと載せているような年寄りだが、聞けばまだ50にも届かぬというので、二人は思わず顔を見合わせてしまった。
そんな二人を、喜兵衛は訝しむように上目遣いに見比べた。
「あんたら、純瞠先生からは兄妹って聞いてたが、本当かい。実は仇持ちの駆け落ち夫婦とかじゃないだろうね。面倒事はご法度だよ」
主碼は思わず自分を指差して首を傾げた。
「私、男ですけど」
誤解を解くようにニコリと笑うと、喜兵衛は茹蛸のように顔を真っ赤にした。
「ど、どこの弁天様か知らないけどね、あんた、そんな色若衆のような……芳町の蔭間どころか吉原の太夫だって逃げ出しますよ。ダメダメ、独り身の男が多いんですから、色事で揉めるなんてのも真っ平御免だ」
「参ったな……」
微笑めば微笑むほど喜兵衛を混乱させる主碼の美貌は、確かにこの長屋にとっては、黒いフナの群れに極彩色の錦鯉が混じる程に異質だろう。
と、小間物の陳列棚に、可愛らしい紫房がついた扇入れを見つけ、蓮之介は閃いたように膝を打った。
「いやぁ、こいつは小さい頃から体が弱くて親が女の名前をつけましてね、だからか、こんな女みたいに育っちまって……なぁ、紫野」
「はい? 」
誰のことかと、主碼が一瞬じろりと睨むが、それを片目を瞑って制し、蓮之介が続けた。
「こいつ、紫野ってんですが、俺の助手は、薬学やお産に通じたこいつにしか務まらねぇし、こう見えて用心棒にもなるんですよ」
蓮之介に肘を突かれ、主碼がままよ、と懐剣を抜きざま、喜兵衛の頭の上を飛び回っていた蝿を一刀のもとに両断した。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ」
「ね、こいつが襲われて揉め事が起きるだなんて、万に一つもありはしませんて、なぁ、紫野」
「それはもう、兄上」
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