7.信州高遠

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7.信州高遠

   信州高遠藩、内藤家。  当主頼信の室・真知姫は、一色家の出であり、先の吾妻藩主・一色綱堅の異母姉である。  一男・三女に恵まれてはいるが、山深い城では心浮き立つ事もなく、先年、高遠城の三の丸の庵に預かることとなった弟・綱堅の侍女を相手に、今日も茶菓子で憂さを晴らしていたのだった。  沙織というその娘は、可憐な容姿をしており、父は元吾妻藩士で城勤めをしていたのだという。  意識のない綱堅が運ばれて2年余り経ったある日、ふらりと現れてすぐさま真知姫と国家老の心を掴み、あっという間に、庵に住み込みで綱堅の世話を勤める事を承諾させてしまった。    江戸の粋な色柄の小袖をまとい、簪や櫛も洗練されている。しかも沙織は、真知が産んだ3人の娘にも愛らしい小物を贈り、田舎にはない細工や色使いで瞬く間に虜にしてしまったのだった。 「御公儀への再興願い、いよいよ整うたぞ」  国家老の恰幅の良いその肩にしなだれかかりながら、沙織はその猪口に酒を注いだ。  小さな城下の鄙びた料理屋。  ここは離れで、二人の後ろには乱れた夜具が敷かれたままである。 「真知姫様とのお話は」 「もうイヤ。江戸育ちなのに着物にも髪飾りにもまるで無頓着。弟思いのお優しい方ですけど、話が退屈でつまりませぬ」 「そう申すな。故に、慰めてやったではないか」  国家老が、壮年の大きな手で沙織の腰を撫でた。 「このような、花も手折れそうにない乙女がまさか……な」 「それは言わないお約束。御家老様が粋な御方でようございました……結城水野家は、御譜代であるのをいいことに、横車のし放題。このままではおきませぬ」 「まぁまぁ……綱堅様の御英邁ぶりは、殿とて先刻ご承知のこと。同じ山間部の貧しい小藩同士じゃ、治政の難しさは我らも身に沁みておる。結城水野家には当家も煮え湯を飲まされたこともあるしのう。ただ、吾妻藩の執政共に大した動きがないことが解せぬ」 「金次第で動いておるのでございます。中には宿敵水野家に召し抱えられた者とておる始末……そやつが、殿が衆道でお胤を残せぬ御身と、吹聴致したのでございます」  沙織が、片手で猪口を握り砕いた。 「怖や怖や。可愛らしい顔で気の強いことを致す……執政達とは、あまり反りが合わぬようだな、綱堅様は」 「母君が先代の一色家剣術指南役の娘御だからと、侮っておったのです。それこそ真知姫様のご婚礼の席にも、幼少の頃の殿は御同席を許されなかったとか……長沼差兵衞様以外にお家再興の為に動く者など……」 「年若い藩主なれば、先代の執政達とソリが合わぬということはままあるが……もそっと知恵の回るものはおらなんだかのう」 「所詮は凡庸なジジイ共ですから……ご家老様のような、キレ者など、一人もおりませぬ。ああ、こんな男ぶりの苦味走った殿方など……吾妻には……」  切れ切れに言葉を紡ぐ合間に、沙織が切ない喘ぎを混ぜた。  国家老の節くれだった大きな手が、しどけなく座る沙織の、乱れた裾の奥に手を滑り込ませ、ある筈のないモノを手で弄び始めたのである。 「可愛いのう、先ほどあんなに儂を咥え込みながら、またぞろここをこんなにしておるのか……」 「……あ……御家老様……沙織を、沙織を……もっと、可愛がって……」  首を傾げて切ない喘ぎを漏らす沙織の太ももの奥には、はっきのと変化を見せている男の逸物があった。  元吾妻藩士の娘だという触れ込みで、可憐な容貌で籠絡され、あっという間に茶屋にまで引きずり込まれ、綱堅の安堵と、内藤家の号令による譜代大名連名での一色家再興願いを約束させられ、いざ床入りとなって初めて、この可憐な美女が男だと知れた。 「殿の御名にて、心ある譜代藩主と示し合わせ、一色家再興願いを出すこととなろう……機嫌良う致せ……おお、可愛(かわゆ)らしいのう」 「ああ、嬉しい……御家老様……あ、もう……ああん……」  男と知れながらも、この沙織(・・)は少女のように恥じらい、可愛い声を上げて国家老を導いた。元より、武士の嗜みとして衆道も知る国家老である、このような最高級の据え膳を食わぬ手はなかった。    
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