14.まどろみ

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「お待たせしました」 「ありがとう、莉子ちゃん」 「これこれ、やっぱり莉子ちゃんの淹れるコーヒーは美味しいわぁ。マスターの淹れるコーヒーも絶品だったけど、莉子ちゃんのはまた違った味なのよ。ねえ、あなた」 「そうだなぁ。莉子ちゃんのほうが味がまろやかな気がする」 「え……そうですか?」 コーヒーの淹れ方は祖父に教わって、何も変えていないというのに。まさか味に違いが出ていたなんて思わなかった。 「莉子ちゃんの優しさが滲み出ているのかしらね?」 「まあ、マスターは黙ってたら男前だけど、しゃべると案外ガサツだからな。それがまたいい味出してるとは思うけど」 藤本さんご夫妻は忌憚のない物言いで楽しそうに笑う。祖父の時代から常連として来てくださっているお二人は、私よりもソレイユの味をわかっているのかもしれない。本当にありがたいことだ。 「マスターはお元気?」 「はい。今ちょっと入院してるんですけど、元気すぎて祖母を困らせているみたいです」 「マスターらしいわねぇ」 「ほんと、やんちゃくちゃだな、マスターは」 笑い声が店内に響く。 なんて穏やかな時間なんだろう。 こんな風にまた、ソレイユを再開できたらいいな。 「あ、そうだ莉子ちゃん。駅前再開発事業のこと聞いた?」 「いえ、なんですか?」 「なんでも駅周辺を綺麗にするみたいよ。ソレイユももしかして対象かしらと思って」 「対象だったらどうなるんですか?」 「私も詳しくは知らないけど、移転とかあり得るんじゃないかしら?」 「対象だったらきっと郵便でお知らせが来るよ。うちの実家が昔高速道路建設の予定地に含まれて、移動させられたことがあってね――」 駅前再開発の話は全然知らなかった。ここ数日アパートに帰っていないから、郵便受けすら見ていない。そういえば広報もあまり目を通してなかったな。
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