5578人が本棚に入れています
本棚に追加
「お待たせしました」
「ありがとう、莉子ちゃん」
「これこれ、やっぱり莉子ちゃんの淹れるコーヒーは美味しいわぁ。マスターの淹れるコーヒーも絶品だったけど、莉子ちゃんのはまた違った味なのよ。ねえ、あなた」
「そうだなぁ。莉子ちゃんのほうが味がまろやかな気がする」
「え……そうですか?」
コーヒーの淹れ方は祖父に教わって、何も変えていないというのに。まさか味に違いが出ていたなんて思わなかった。
「莉子ちゃんの優しさが滲み出ているのかしらね?」
「まあ、マスターは黙ってたら男前だけど、しゃべると案外ガサツだからな。それがまたいい味出してるとは思うけど」
藤本さんご夫妻は忌憚のない物言いで楽しそうに笑う。祖父の時代から常連として来てくださっているお二人は、私よりもソレイユの味をわかっているのかもしれない。本当にありがたいことだ。
「マスターはお元気?」
「はい。今ちょっと入院してるんですけど、元気すぎて祖母を困らせているみたいです」
「マスターらしいわねぇ」
「ほんと、やんちゃくちゃだな、マスターは」
笑い声が店内に響く。
なんて穏やかな時間なんだろう。
こんな風にまた、ソレイユを再開できたらいいな。
「あ、そうだ莉子ちゃん。駅前再開発事業のこと聞いた?」
「いえ、なんですか?」
「なんでも駅周辺を綺麗にするみたいよ。ソレイユももしかして対象かしらと思って」
「対象だったらどうなるんですか?」
「私も詳しくは知らないけど、移転とかあり得るんじゃないかしら?」
「対象だったらきっと郵便でお知らせが来るよ。うちの実家が昔高速道路建設の予定地に含まれて、移動させられたことがあってね――」
駅前再開発の話は全然知らなかった。ここ数日アパートに帰っていないから、郵便受けすら見ていない。そういえば広報もあまり目を通してなかったな。
最初のコメントを投稿しよう!