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「ずいぶん長居しちゃったわ。ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ。お会いできて嬉しかったです」
「いろいろ大変かと思うけど、頑張ってね」
「マスターにもよろしく」
「はい、ありがとうございます」
藤本さん夫妻はにこやかに帰って行った。ありがたく思いながら、ソレイユの外に出てその後姿を見送る。
外はカラリとした秋晴れ。思えばこの時間に外に出ることはあまりなかった。明るい陽の光を受けたソレイユは、ところどころ塗装が剥がれていたり色がくすんでいたり。
良く言えば老舗、悪く言えば古い。
今までそんなことを考えたこともなかった。周りの街並みも古びているものが多い。向かいの駅ももうずいぶんと古びている。それが当たり前だと思っていた。変わることなんてないのだろうと、思い込んでいた。
ここは立地もよく、恵まれている。だけど、穂高さんと住んでいるマンションからは少し離れている。それがネックになっているわけではないけれど、少しずつ今の私とは条件が合わなくなってきているのを感じる。歯車が錆びて動きが鈍くなっているみたいに。
「あらあ、莉子ちゃん?」
「こんにちは」
「お店、再開したの?」
「いえ、まだですけど……。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。よかったら、コーヒー飲んでいきます?」
「うそー、嬉しいわぁ」
またしても常連さん。私はエプロンをきゅっと締め直す。お店は休業したままだけど、営業中と同じく気合いを入れる。
この日は藤本さんから情報が伝わったのか、常連さんが何人か覗きに来てくれて、そのたびに皆さんにコーヒーを振る舞った。ありがたくも、とても充実した日になった。
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