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「莉子ちゃんどうしたの? 疲れてる?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。千景さんの手際の良さに惚れ惚れしていただけです」
「あら、嬉しいわ。無駄に歳だけ重ねてるもの。頑張らなくちゃね」
「ふふ、頼もしいです」
ベテランの千景さんからは教わることや見習うべきことがたくさんある。とても頼りにしている一人。
そんな千景さんに心配されてしまうようではダメだ。ソレイユのオーナーとしてもっと頑張らなくちゃ。
ランチタイムも終わろうとする頃、カラランと扉が開く。
反射的に「いらっしゃいませ」と笑顔を向けると、しわのない綺麗なスーツを着こなした穂高さんがニッコリと微笑んだ。
「まだ、間に合いますか?」
「ええ、どうぞ」
穂高さんはいつもの角の席に座り、ジャケットを脱ぐ。少しだけネクタイを緩めると、ふうと短く息を吐いた。
「莉子さん」
「はい」
「今日もあなたの笑顔が見られて安心しました」
「なっ……!」
急に何を言い出すのか。
勝手に頬に熱が集まってきて慌てて両手で頬を押さえた。
「あ、えと……ありがとうございます」
「はは。日替わりランチを一つ」
「……かしこまりました」
キッチンへ注文を入れると、いつの間にか休憩から戻ってきていた桃香ちゃんが雄一と談笑をしていた。私の顔を見るなり、「賄いごちそうさまでした」と可愛い笑顔を向けてくる。
悪意はないと思いたい。私がいろいろ気にしすぎているから、疑心暗鬼になるのだ。ああ、嫌だ、自分の心が汚れていく気がする。
「雄一、休憩してていいよ。私やるから」
「ああ、すまん」
キッチンに入って料理を作る。ずっと動いていないと余計なことを考えてしまうからそう申し出たというのに、私の視界の片隅で雄一と桃香ちゃんが楽しそうに喋っている姿がチラチラ映る。
出来上がった料理をカウンターに置くと、付け合わせのサラダやカトラリーを千景さんがさっと用意してくれていた。
「あ、千景さん、そろそろ時間ですよね。あとは私やるので上がってください」
「これくらい、運ぶわよ」
「いいからいいから」
少し強引に千景さんからトレーを受け取る。千景さんが終了時間だというのもあるけれど、本当は雄一と桃香ちゃんを視界に入れたくないから。少しでも離れたいと思ったから、そうしてしまった。本当に、私らしくないとは思うけれど、とげとげした心が本能的にそうさせてしまった。
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