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衣擦れの音がする。
良からぬことを想像して、身が竦んだ。
「ねえ、結婚の話進んだ?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「雄一も悪い男だよね。結婚してソレイユの土地を売ったら離婚するなんてさ。そうそう考えつかないよ」
「ん、まあ、反対されてその話は頓挫してるけどな」
「ふーん、莉子さんって意外と頭固いんだ」
「昔から頑固なんだ、あいつ」
バカにしたような笑い声が響く。聞くに堪えない二人の会話は、ぐさりぐさりと私の胸を抉っていく。
動けない私は意気地なしだ。何やってるんだ、私が雄一の彼女だって、出ていくこともできるはず。でも、怖くて足が動かない。
二人のことはずっと疑っていた。ソレイユでも桃香ちゃんと仲良くしてた。予想が確信に変わる。これは現実だ。証拠を押さえたい。
「ねえ、早く莉子さんと結婚してよ。それでソレイユを売って、桃香とカフェを経営しましょうよ。だって桃香の方が断然いい女でしょう? 体の相性だって抜群じゃない」
「ああ、桃香ほどいい女はいないよ。あいつのじーさんも体調悪いみたいだし、もうすぐ死ぬかもな」
「ふふっ楽しみに待ってるから」
衣擦れの音が一層大きくなった。雄一が「桃香」と甘く名前を呼ぶ。艶めかしいリップ音が聞こえる。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
だけど――私は寝室に乗り込もうと歩を進める。
「ねえ、莉子さんともエッチしてるの?」
そんな声に再び足が止まった。
「あいつ? 最近はしてないな。まあしたところで、つまんないけど」
「つまんないんだ?」
「言わなきゃやらねータイプ。上手くもないしな」
「へー。莉子さんって下手なんだ」
「そうそう。その点、桃香は最高の女だよ」
「ふふっ、私たち体の相性が良いよね」
二人が何を言っているのか全く分からなかった。
理解したくないと脳が拒絶する。
ぐらりと揺れる体をなんとか動かして、私はそのまま逃げるように家を出た。
ここは私のアパートのはず。
どうして桃香ちゃんがいるの?
どうして逃げなきゃいけないの?
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