ひとりカラオケ邪魔しないで

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 友達とカラオケに行ったとき、私は「これは苦行じゃないか」と失礼にも思った。  友達はとにかく音痴だった。どれくらい音痴かというと、彼女の歌う歌は全て念仏にしか聞こえなかった。音程が全く取れず、どれもリズムは刻んでいるものの、カラオケでタイトルと歌詞を確認しなかったらなにを歌っているかがわからない。滑舌もお世辞にもいいとは言えなかった。  しかし、これがカラオケマシンに通すと何故か高得点なのだ。使っていたカラオケの特典システムはいい加減なもので、声量さえ合っていればどれだけ音程が無茶苦茶だろうが高得点になるという「お前はアホか」というシステムだったのである。  ちなみに私は、音程はそこそこ外れていなかった。しかし声量が全くなく、音痴な彼女よりも得点が出なかった。  いや、おかしいでしょ。  かくして私はカラオケは友達と一緒に行く場所ではなくなった。後日彼女とカラオケに行った人からクレームが来た。頼むから私に言ってくんなし。 ****  飲み物がドリンクバーで飲み放題。  料理もそこそこいろいろ揃ってて。  その上デザートもそこらの安いブッフェよりもいいものが出てくる。  地元の少し値の張るカラオケ屋はいつも混雑していた。でも私はひとりでせっせとそこに通っていたのだった。  私は彼女の歌のせいで自分の歌に自信をなくしていたが、高性能カラオケマシンだと普通に90点は取れていた。『もっと声張れや』と苦言はされたものの。  でも残念ながら、私みたいに喉が腫れるまで歌いたいって人はそこまでいないらしい。  ここのカラオケ屋は高級感を売りにしていて、個室の一室一室がかなり離れている。その上注文すれば女子会に必要なものはなんでも届く上に、喫茶店やコーヒーショップのように友人知人の目を気にしなくてもいい。  トイレのために廊下を通り過ぎると、ときどき「ヒイッ」と悲鳴を上げるような猥談を耳にすることがあるから、下品な会話をするのにうってつけなんだろうと思う。  歌を歌いたい人間は、そんな下品な会話するよりも歌いたいんだけどなあ。  他にもWi-Fi完備なせいで、仕事に使っている人までいる。喫茶店やコーヒーショップだったらカメラチャットしていたら後ろに店員さんやお客さんが通り過ぎるおそれがあるから、個室に篭もっていたほうがたしかにいいのかも。  そんなことを思いながら、私は順番を待っていたら、やっと自分の番になった。 「おひとり様ですね。機種は?」 「ここので」  高性能採点システムを入れている機種を選択し、そこへと通される。  今日通された部屋は和室であり、やけに座り心地のいい布団サイズの座布団のある部屋にちゃぶ台が並んでいた。  私はいそいそとメニューを注文し。歌を登録しはじめる。  開幕は喉の滑りをよくするために元気なアニソン、二曲目三曲目は練習している曲をカラオケマシンに入れていく。二時間歌い放題だけれど、二時間ぶっ通しも歌っていたらくたびれるため、五曲くらいまとめて入れてから、歌を歌いはじめる。  元気なアニメソングを歌っていると、ドアが開いた。あれ、さっき注文したばかりなのにもう来たの。私は歌いながら振り返ると、どうも酔っぱらっている男性だった。韓国メイクを施されてやけにライトに照らされて白く見える。 「あれぇ……君ひとり?」  誰だお前は。名を名乗れ。 「部屋間違えてますよ」  私は一旦マイクの電源を切ってそう言うと、その人はきょろきょろとする。  勘弁して欲しい。たまにいるんだ。酔っぱらって部屋を間違えた人が居座ったり、ひとり寂しく歌っていると合コンの場に引きずり出そうとする余計なお世話な人が。  私はひとりで歌いたいの。  その人は酔っぱらったまんま「なに歌ってるのぉ?」と機械の目録を眺めはじめた。  カラオケの目録は露骨に趣味が出る。私の今のカラオケ目録は練習曲の無茶苦茶難しい歌ばかりだ。練習中なんだから放っておいて。  ムカムカしていたら、だんだんその人は「アヒャヒャ」と笑い出した。いい加減腹立ってきたから、店員さんを呼ぼうかな。  そう思ったら、「歌って歌って」と手拍子しはじめた。  この酔っ払いが。はよ帰れ。  イライラとしながらも、中断していたアニソンを歌いはじめる。  最初はヘラヘラしていた酔っ払いは、だんだん手を一生懸命叩きはじめた。だからなんなんだよ。  最後まで歌い切ったところで「イエーイ」と拍手してきた。 「お姉さん歌上手いねえ。歌手?」 「違いますよ。もう次の曲はじまりますから、帰ってください」  これ以上ウザ絡みされたら店員さん呼んで追い出してもらわないとなあと思いながら、電話の位置を確認する。やがて酔っ払いは少しは酔いが醒めたのか「がんばってねえ」と言いながら、酒気だけ残して立ち去って行った。  だから、なんなんだよ。  私はプリプリ怒りながらも、次の曲を歌いはじめる。  配信限定なせいで歌詞カードがなく、どう歌えばいいのかいまいちわからない曲だから、カラオケで歌詞を見ながらでないと上手く歌えない。  そうこうしている内に店員さんが頼んだドリンクを持ってきてくれた。喉に優しいスペシャルドリンクと言っていた。本当かどうかは知らないが、気分の問題はある。 「お待たせしました」  私は店員さんに会釈をしながら、どうにか歌い終えた。  五曲までを歌い終えてから一旦休憩と、お菓子を注文してからトイレに出かける。  途中で合コンしているのが見えた。  ヤダナア。もし合コンに巻き込まれたら。特に酔っぱらってテンション高くなっている人に絡まれたらうっとうしいことこの上ない。  私は急いでトイレに行って、手早く化粧を直してから帰る。お菓子を食べている間はライブ映像でも見ようと、好きな歌手のライブ映像を選んで眺めていた。  やってきたのはパフェで、パフェを食べながらそれをじっくり眺めていた。歌手はすごい。あれだけライブの観客を沸かせながら、言葉をかけながら歌いきるんだから。  すぐに集中力が途切れる私とは大違いだなあと、趣味ひとりカラオケは思う。  さて、次の曲でも歌おうと、次の曲を入れようとしたら。 「ああー、ひとりの子めっけえ」  今度は酔っ払いの女だった。  だから、昼はアルコールもうちょっと値段取れよ。せっかくお高いカラオケ屋なんだから。そう毒づいている間に、その子は私をぐいぐいと引っ張る。 「ねえ、一緒に遊ばない? 人数足りなくって困ってるの」 「い、いえ……私ひとりで歌いたくって」 「人数少な過ぎたらボードゲームできないじゃない!」 「……はい?」  どうも。この酔っぱらっているグループは日頃から女子だけでボードゲームやって遊んでいるグループらしい。そして今日はゲーム会なのに体調不良多数で三人しか参加者がいなかったと。  ゲーム中の騒音厳禁とばかりに普段点けっぱなしの電源は引っこ抜かれ、テーブルは端に寄せられて、マットルームにカードを広げられていた。  合コン、仕事、女子会以外にもこんな使い方があった訳ね。……私、ボードゲームほとんどやったことないんだけどなあ。 「飛び入り参加連れて来たよー」 「ありがとうー」  人数合わせで私がいてもいいんかいな。  ルールを聞かされ、カードを配られながら半笑いになるしかなかった。 「いやあ……どうして私連れてきたのかさっぱり……」 「いえねえ。女子だけでボードゲームやるのが楽しいのに、人を連れてこられてもねえ」 「そうそう。一緒に遊びたいだけなんで、余計なことされても困るんで」  男子が嫌いな訳じゃないけれど、女子だけで遊んでいるところを水差されたくないらしい。なるほど。  持ってこられたゲームで一緒に遊び、私は三回ほど参加してからようやく解放された。  時間を見たら、あと二曲くらいしか歌う時間がない。 「なんだかなあ……」  カラオケの個室に鍵を付けてないのは防犯対策だろうけれど、勝手にやってきて勝手に交流したがる人のことはどうすればいいんだろうねと思う。  残り二曲は私のストレス発散用にストックしている曲を入れることにした。曲自体は難しくなく、ただただ叫んで気持ちよくなるための曲だ。  ひとりで歌わせてくれよ。  歌いたいからひとりでいるんだよ。  私はフリー素材じゃないよ。  その気持ちを込めてシャウトした。 <了>
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