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「ただいま~」  初めて子連れで実家を訪れることになった今日。  駅から乗ってきたタクシーを降りてインターホンを押し、応答した母に明るく告げる。  久美(くみ)は所謂里帰り出産はしなかった。  実家がお世辞にも便利とは言えない場所にあるのが大きい。  ちょっとした買い物も車が当然の土地で、初めての妊婦生活を送るのは不安が大きかったからだ。  いくら母が常に在宅しているとはいえ、彼女ももう還暦を過ぎたのだから。 「おかえり、久美。ああ、美咲(みさき)ちゃん! ばーばに抱っこ、っと、今手を洗うからちょっと待ってね」  娘の美咲を目にして、興奮を隠しきれない母。初孫になるのだから当然か。  娘を産んで退院した後、母がしばらく自宅の方に泊まり込みで手伝いに来てくれていた。  父がいるため一か月で名残惜し気にこちらに戻ったのだったが、本当に助かったと感謝している。 「はい、抱っこどうぞ。美咲ちゃん、ばーばよ~」  美咲は生後十か月になる。  生まれてからこれまでの間に、両親は何度か遠いところを孫に会いに訪ねて来ていた。  日頃からいろいろと話して聞かせているので、なんとなくでも娘の記憶には残っているのだろうか。  今も美咲は特に怯える様子もなく、両手を母に伸ばしている。 「お父さんは?」 「今日はウォーキング会ですって。久美が美咲ちゃん連れて来るのになんで今日なんだ! ってぶつぶつ言ってたけど、約束したからって出掛けてったわ。早くから決まってたからね」  定年後、父はあちこち積極的に出かけているらしい。  さすがに口には出せなかったものの、暇になった父が母に一方的に依存するようなことになったらどうしよう、と危惧していたのだ。  どうやら取り越し苦労だったようでよかった、と久美は内心胸を撫で下ろした。
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