【1】

4/5
前へ
/8ページ
次へ
 こうして親になった今改めて考えると、あの頃の母の献身にただ頭が下がる。  久美は妊娠・出産を経ても仕事を続けるため物理的に母と同じ行動を取ることは不可能ではあるが、そうではなくても自分には到底無理だとしか思えない。 「……お母さん」  無意識のうちに言葉が零れた。 「ん? 何か言った? 久美」  腕の中で眠そうな美咲に視線を落とし小声でなにか口ずさんでいた母が、久美の声を拾って訊き返して来る。  聴き覚えのあるメロディは、おそらく久美にも歌ってくれていた子守唄だ。 「お母さん、昔、──私が小学生のとき、ずっと送り迎えしてくれてたでしょ? 学校も、お友達の家も」 「なんなの、いきなり。そうねぇ、そんな頃もあったわね」  思い切って言葉を繋いだ久美に、母は少し驚いた様子だったが静かに口を開いた。どこか懐かしそうに。 「子ども心にも大変だと思ってたけど、今考えたら大変どころじゃないわよね。毎日だもん。……ごめんなさい、今更だけど」  俯きがちになりながらもなんとか詫びた久美に、母は笑い混じりに返して来た。 「何で久美が謝るのよ。それを言うなら、こんな離れたとこに住んでてお父さんとお母さんこそごめんなさい、だわよ」  想定外の母の答えに、久美は二の句が継げない。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加